新しい英傑が産魂ばれたと聞き、タケミカヅチは本殿に向かった。最初に産魂ばれた自分に引き続き、二人目の英傑の顕現に、俄かに心が躍る。広い社内にたった十人はあまりにも閑散として、ましてや力を失った八傑が大多数を占める現状に、まともに戦える人材が一人でも増えることは何とも有難かった。
「主君、失礼する」
 軽い一礼の後に奥の間を見遣れば、いつもの場所に独神と、その手前に見慣れない姿。言わずもがな、新しい英傑だろう。淡くも鮮やかな黄金色の髪と、凛と背筋を伸ばして座す後姿が、タケミカヅチの眼には新鮮に映った。
 手招く独神に呼ばれるままに、黄金色の彼の少し離れた隣に座る。すると彼はそれまで一度も見せなかったその顔を、ここにきてようやく見せた。
「オモイカネと申します。貴方のことは主さんより伺っております。どうぞよろしくお願いします」
 恭しく頭を下げた彼――オモイカネ。その麗しいばかりの顔(かんばせ)に、タケミカヅチは息を呑んだ。
 オモイカネのことは、以前よりその存在は知っていた。美しい知の神であると、人伝に聞いたことがある。あまり“美”というものに関心がないために、当時はそうかと流していたが、今になって心から得心した。
 柔らかく燃える黄金の髪もさることながら、切れ長の若葉色した眼は甘い色をしながらも鋭く美しい。白い頬に差した血色、艶やかな唇、通った鼻梁、輪郭の曲線美。人の胸を打つに足りる美貌だ。
「――……タケミカヅチだ。よろしく頼む」
 見惚れかけたが、気を持ち直して同じように頭を下げた。その際の、緊張しているのかどこかぎこちない笑み。それさえも美しく、本来の笑みを取り戻したらどれほどだろうかと考えてしまった。

「君の部屋は俺の隣でいいだろうか」
 独神に社内の案内とお伽番の引継ぎを頼まれた。それはお伽番を外されることを暗に知らしめ、実際、外されることとなった。最初こそ落胆の気持ちが湧いたものの、話を聞けば知の神であるオモイカネにお伽番を任せ、軍神であるタケミカヅチには戦に集中してもらいたいという独神の考えだった。軍神が軍神たるよう扱ってくれる独神に、ただ感謝の気持ちと更なる忠誠を誓う。
 そういうわけで、タケミカヅチはまずオモイカネを兵舎に案内した。多くの人員を入れることを想定されている兵舎は、悲しいかな少ない面子に閑古鳥を鳴かせている。掃除もまだ行き届いておらず、少し黴臭さも漂っていた。
「構いません」
 オモイカネは淡々と返事をする。言葉通り、意に介さない様子だ。
「済まない。人手が足りなくて、なかなか隅々までは手が回らないんだ」
「お気になさらず。自分の部屋は自分で掃除しますから」
「そうしてくれると助かる」
 オモイカネは宛がわれた四畳半の一間を一通り眺めてから、そっと障子を閉めた。
 そうして彼は庭に目を移した。崩れた灯篭の残骸と僅かな雑草のみを残すそこはあまりに惨めで、いっそ更地だったほうがどんなにいいかと思うほどだ。しばらく使われてなかった一帯は、以前はもっと荒れていた。
「これでも綺麗にしたんだ。俺がここに来たばかりの頃は、荒れ放題に荒れていた」
「ええ、そのようですね」
 オモイカネは窺い知れると言わんばかりにそう相槌を打った。この荒れようの中には、最近作られたものもあったりするのだが、一先ず黙っておいた。いずれ近いうちに知れるとしても。
 彼の目線は庭の中央にある崩れた灯篭に注がれているように見えた。苔生し、雑草も碌に抜かれていないそこは、かえって趣でもあるだろうか。狗尾草がそよ風に揺れている。タケミカヅチにはみっともなさしか感じない。
「――花を」
「え?」
「何か庭木を植えませんか。ただ荒らしておくよりも、花などがあれば違ってくると思うんです」
 言いながら振り向いた彼の顔からは、先までの緊張に強張った様子が薄れ、自然な表情を見せ始めているように思えた。
「ゆっくり眺める時間はできないかもしれませんが、ただ荒れ野を見るよりは花を見るほうが心も慰撫されるのではないでしょうか」
「そうか、花か。考えつきもしなかった。それはいいかもしれない」
「八傑にはアマテラスさんやツクヨミさんがいるでしょう。彼女たちにどんなものを植えたいか聞いてみてはいかがですか」
「ああ、そうだな。早速聞いてみるとしよう」
 そう返事をすると、オモイカネは微笑んだ。本殿で見せたものよりもずっと自然で柔らかい笑みだった。その微笑の意味を考えて惑ってしまうほどに美しい。他意などないと分かっているのに、何故か他の理由を見つけたくなってしまう。
 理由はどうあれ、その笑みを向けられる程度に好意を持たれたのであれば、それは嬉しいことだ。他の誰からにも与えられたことのない種類の喜びを感じて、タケミカヅチは堪らず笑みを零した。






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