「お前は唇弱いのか?」 唐突にヤマトタケルに問われ、オモイカネは目を瞬かせた。何の話だろうか。返事もできずにいると、ヤマトタケルの手が頬に触れた。 「こないだの化粧のとき、俺に紅を塗られて感じていただろ」 不敵な笑みに言われて、記憶が甦る。あの恥辱と、その奥に灯った微細な悦の熱。気付かれていたこと知らされて羞恥が沸いた。 「な、何を言って……」 「図星だな」 鬼の首でも取ったかのように笑うヤマトタケル。何とも言えない悔しさに、オモイカネはいまだ自分の頬にある彼の手を払った。 「終わったことを蒸し返すのはやめてください」 ただでさえ触れられたくないことを、ましてや当事者たるヤマトタケルに引きずり出されたくない。彼の手から生まれたものを、彼から再び差し出されるのは余りに生々しかった。 終わったこと、ね。拒絶の意を込めて向けた背に、その呟きが零される。そうだ、終わったことなのだ。もう戻れない夜なのだ。これきりにして、忘れさせてほしい。 不意に肩を掴まれて、そのまま床に押し倒された。背の痛みに息を飲むが、その隙に跨がられる。言わずもがなの体勢の優劣に危機感を覚えるが、時すでに遅し。 「覚えているなら終わってないさ。少なくとも俺の中ではまだ続いている」 はっきりと強く、だがどこか優しさも含んで、そう告げられた。 あの夜をなぞるように、髪を掻き上げられる。その手のひらが頬を包み、指が唇に触れる。逸らすことを許さないかのような眼力に目線を縫い止められ、意識が無性に接触の感覚を追う。そうして思い出す、微かな愉悦。 見下ろして来るヤマトタケルの眼に熱が宿ったのが分かった。ちらりと覗かせた舌が己の唇を潤す様に、思わず喉が鳴る。この美貌から放たれる壮絶な色気に圧倒されて、抵抗することも忘れた。 「ヤマト、タケルさ、ん」 前髪の触れ合う距離にまで近付かれて、堪らず声をあげた。 「黙っていろ。これ以上、言葉を紡いで何になる」 名実ともに口を封じられ、ただ頷くように唸るしかできなかった。 唇を柔く吸われ、それだけで背筋を快楽が走った。そのまま啄むように吸われ続け、全身にまで快感が行き渡る。堪らずヤマトタケルの背に縋り付いたが、その手すら悦に震えてままならない。 止まぬ愛撫に思考は溶けはじめ、性感に煽られて自ずから求めてしまう。相手の唇の柔らかさが心地好く、他はもう何も考えられない。口吸いの合間に吐く息には、僅かな嬌声が混じった。 「――やっぱり弱いんじゃないか」 間近で笑まれる。そのどこか意地の悪い笑みは、傾国の顔(かんばせ)と相まってひどく妖艶に見えた。 「さあ、もう一度、紅を引いてやろうか。赤く熟れるまで。どうする?」 赤くなるまで吸ってやろう。暗喩で誘われて、その意味のあまりの淫靡さに、眩暈がしそうだった。 さらに誘いかけるように、指先で唇の輪郭をなぞられる。思わず吐いた息はこれ以上なく熱い。我ながら厭になるほど、心も身体も興奮していた。 |