社にも冬が来た。日を追うごとに冷え込んでくるようで、風も鋭さを増していくよう。あまりの寒さに、外に飛び出したニニギが身を震わせた。傍らのオモイカネは涼しい顔をして立っているが、果たして。
「寒いなぁ。オモイカネは寒くないの?」
 ニニギからの問いに、オモイカネはそっと笑みを浮かべた。
「心頭滅却すれば、ですよ」
 流石だ。と思わせる言葉の後で、彼は苦笑を零す。
「なんてね。さすがに冷えます。寒気がここまでやってきましたね」
 両の手を口元に持ってきて、息を吹きかけては温めようとする。その指先は赤い。そんな指の隙間から薄白く上がった吐息は、瞬く間に景色に溶けて消えた。よくある冬の光景だった。
「冬だね。とはいえ寒すぎるよ……。いっそ雪でも降れば楽しいのにな」
 無邪気なニニギの呟き。雪に降られると後々大変な思いをするのは自分たちであることを、微塵も考えていない。しかしながら雪はそれにしても美しいものだ。一度くらいはお目にかけてもいいかと、独神はこっそり考えた。
「雪ですか……」
 オモイカネが鸚鵡返しするように呟きながら、空を見上げた。何やら思案げだ。どこか薄い色の冬の空は、からりと晴れている。雪どころか雨すらも降りそうにない。
「――では、降らせましょうか」
 事もなげにオモイカネは言った。予想もしない彼の言葉に、ニニギは素っ頓狂な声を上げて驚く。
「な、何を言ってるの!?」
「おや、お忘れですか? 私は天候を司る神でもあるんですよ」
 彼は得意げに笑んで、再び空を見上げた。
 笑みを消し、天を凝視するように集中するオモイカネ。静かな気迫が、神たる威厳を溢れさせている。それに呼応するように、風の流れが変化していく気配。辺りの空気を一変させてしまう力の奔流に、寒気によるものではない鳥肌が立った。
 やがて晴れ渡っていた空に雲が集まりはじめ、辺りが薄暗くなっていく。不安すら覚える景色の変化に戸惑う間もなく、天からはひらひらと白いものが舞い落ち出した。
「ゆきだ……」
 呆然として呟いたニニギの隣で、一仕事したとばかりに息をつくオモイカネ。手の平に雪片を乗せては、こんなものでしょうか、と独り言を零した。
 遠くから突然の雪に驚く声が聞こえる。悲喜交々といった遠い喧騒に、独神はどうしたものかと腕を組んだ。
「げっ、雪だ!」
 背後からの大きな声に、オモイカネは振り向いた。縁側に立っているダイダラボッチが苦い顔をしている。どうやら彼も寒さにはあまり強くないと見た。
「通りですげー冷えると思ったぜ……」
 がさがさと腕を摩る。大きな体を縮こまらせる様は何だか滑稽だ。
「済みません。ニニギが、雪が見たいと言ったもので」
「は?」
 謝りながらも特に悪びれた様子のないオモイカネに、ダイダラボッチは間抜けな声を上げる。それは殊更に滑稽に見えた。
「私が降らせたのです」
「アンタが!?」
「ええ。私は天候を司る神でもありますので、このぐらい造作もないことです」
 予想もし得なかった解答だったのだろう。ポカンと開いた口が塞がらなくなったダイダラボッチに、オモイカネが小さく笑みを零した。
「ふふ、驚きましたか? ですが、貴方も容易く地形を変えたり出来ますでしょう?」
「まぁ、な。いやでも天気と地形とじゃ全然違うだろ」
「そうですか? その能力があり、それを使うという点では、変わりないと思いますが」
 オモイカネは言い募る。その力がない者としては、天候を操るのも地形を変えるのも相当なものだとしか思えないが、当人たちにその自覚はないのだろう。納得が行かないと言わんばかりのダイダラボッチが顔をしかめた。
「もうどっちでもいいよ」
 しかしながら、このまま話を続けていたらややこしい話になりかねないとでも思ったのだろう。そうでなくても口では敵わないと思われる。ダイダラボッチは早々に話題を切り上げて、外に目をやった。
「で、いつまで降らせんだよ」
「積もる前には止ませようかと」
「ふーん」
 答えながら、手に息を吹きかけて温めようとするオモイカネ。それを見て目をすがめたダイダラボッチが、不意にその手を伸ばしてオモイカネの手を掴んだ。
「うわ、冷てぇ!」
 よほど冷たかったのか、ダイダラボッチは肩をすくませる。だがそれでも放そうとはせず、むしろ両手で包み込んだ。
「ええ、ずっと外に居たもので」
 対してオモイカネは、手を包まれてもなお淡々としていた。
「ふふ、温かいですね」
 だが握られた手を見下ろし、微笑む。寒さで白んでいた頬に、ほのかに赤みが戻った。どこか嬉しげだ。ダイダラボッチはそれを見て、どこか気まずそうに口をもごもごさせた。
「オレは、さっきまで部屋にいたしな」
「そうですね」
「つか、もう上がれよ。頭に雪積もってんぞ」
「ああ、済みません」
 気まずさを誤魔化すように、ダイダラボッチはオモイカネの頭に積もりだした雪を払った。手つきからはぎこちなさが感じられたが、オモイカネは気付いていないのか気にしていないのか、くすぐったそうに受けるだけだった。
 雪は降り続いている。いかにも寒さに弱そうな英傑たちが、駆け足で戻ってくる姿が見え始めた。薄らと雪化粧を施し始めた庭の景色に、このまま積もるまで降らせ続けてもらおうかと、独神は思い始めた。






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