「もう少し……待っていてくれないかな。愛を持って……ね」
 オモイカネに頼まれていた用事があったのだが、あれこれと小さな用を各所で頼まれこなしているうちに、とうとう期を逃してしまった。彼は急いでないと言ってくれてはいたが、一度は裏切ってしまった身。次があってはならないと思うと、これは相当心証が悪いのではないかと思われた。
 約束を反古にするつもりはない。そういう気持ちで、もう少しだけ時間をくれと懇願した。親愛の情があるならと。思わずその手を取って、先の言葉を述べた。
「え、ええ。頼んだときにも言いましたが、急ぎの用ではないので大丈夫ですよ」
 戸惑いを隠せない返事。咄嗟のことで自分でも何故手を取ってしまったのか分からないが、オモイカネなどなおのこと予想外のことに目を丸くしている。
「よかった。今度こそ使命を全うして見せるよ」
「使命というほどでは……」
 困惑したままのオモイカネの瞳が、手とこちらの顔とを交互に見た。許しを得られたことへの安堵に一瞬忘れていたが、先からずっと手を握っている。彼の両の手を、外側から包み込むようにして。
「――あ……。ご、ごめん。何だか、咄嗟に……」
 慌ててその手を放した。いえ、と濁りのある返事がオモイカネからもたらされる。そしてまるでやり場のない手を持て余すかのように宙で少しまごつかせてから、ぎこちなく降ろしていった。
 そこへ遠くから名を呼ばれた。今日何度目かの声かけに、思わずまたかと呟く。
「また?」
 オモイカネに鸚鵡返しに問われ、アメノワカヒコは正直に頷いた。
「今日は何だかみんなに用を頼まれてしまって。一つ一つはたいしたことないんだけど……」
「なるほど、そういうことでしたか」
 用足しが遅れている理由を知り、オモイカネは得心が行ったように相槌を打ってくる。そうして向けられる微笑。
「みなさんに慕われているのですね」
 微笑みの表情の、愛らしさをも感じる美しさ。だが他意のない称賛からは、それに浸ることを許さない一抹の淋しさをアメノワカヒコにもたらした。相反するような感情が同時に生まれ、言葉を失う。
 オモイカネに促されて、後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。また彼からの頼みをこなせないまま、他人の用を優先する。それどころではないのに。
 多くの人に慕われるのは、確かに良いことだし幸せなことだ。だが一番ほしい人から得られないのであれば、それは何と哀れなことだろうとも思う。その虚しさは他人からのものでは決して埋められない。
 そっと振り返れば、オモイカネは自分の手を見つめていた。先まで自分が握っていた手だ。横顔からは何も窺えない。だが許されるなら今すぐもう一度握らせてほしいと思わせるには十分の光景だった。






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