独神に都への買い物を頼まれた。覚書を差し出しながら微笑まれては断れない。何を買うのかと読んだ字はなかなかに整っていて、真面目そうな字だなとダイダラボッチは思った。
 そうして廊下を歩いていると、どこからともなくオモイカネに呼ばれた。どこだと声を探すと、視界の端で何かがちらちらと動く。目を遣れば、部屋から彼が手招いていた。
「もしかして、主さんにお使いを頼まれました?」
「よく分かったな」
「ええ。大事そうに紙片を手にしてましたので、そうかなと思いました」
 言われて思わず握っていた紙を見下ろした。大事にしていたつもりはないが、確かに失くしたら困るものではある。しかしながら認めてしまうのは何となく癪で、別にと口を尖らせた。
 ふふ、と小さく微笑まれる。ああ、まただ。彼はすぐに自分を幼子のように見てくる。どうせまた可愛らしい人だとか思っているのだろう。何を以てして可愛いと感じているのか全く分からないが、いい加減、子ども扱いは止めてもらいたいものだ。
「何の用だよ」
 つい荒い口調で問うてしまった。だが気にした風もないオモイカネは、ああ、と思い出したように口を開いた。
「ついでに私の用も頼まれてくださいませんか?」
「アンタもかよ」
「そんなに難しいものではありませんから、大丈夫ですよ。ところで主さんからは何を頼まれたんですか?」
 問いに、ダイダラボッチは紙片を差し出すことで答えた。一瞥ほどの時間で内容を確認した彼は、ふむ、と零す。
「私のも同じ店で買えますね。ダメですか?」
「……そこでヤダっつったら最高に性格悪いだろうがよ」
「でしょうねぇ。ダイダラボッチさんが優しい方で助かります。この続きに私のものも書いておきますね」
 そう言って、彼は部屋に引っ込んだ。向かう先に据えられた机には、文字がびっしり敷き詰められた紙の束が一締めと、床に散らばったそれもやはり字で黒い紙の数々。見ているだけで頭が痛くなりそうな光景だった。
 オモイカネはそんな机の前に座り、流れるように筆を執る。軽い動作で迷いなく紙片の上を滑る筆先。その手つきからして簡単な走り書きのように見えた。
 独神の丁寧な字の脇に、容赦なく書かれるおざなりな走り書きの文字。それを想像して、少し残念な気持ちが芽生えた。用が済んだら捨ててしまう代物なのだが、それにしても惜しい。綺麗なものは綺麗なままであってほしいものだ。
 そんなことを考えている内に、彼はさっさと戻ってきた。
「では、よろしくお願いします」
 紙と一緒に界貨も渡される。
「つか、オレでも分かるモンだろうな?」
「分かるものしか頼みませんよ」
 ああ言えばこう言うではないが、彼を前にしては何を言っても無駄なように思える。他愛のない疑問も不安も、全てが見透かされているよう。否、見透かされているのだ。彼には自分のような単純な男の心など、手に取るように分かるのだろう。悔しいものだ。
 不貞腐れた気分で、紙片の字を見下ろした。真面目そうな独神の字の脇に、何とも達筆な文字が並ぶ。おおよそ走り書きとは思えない綺麗さに、思わず凝視した。おざなりに見えた書き方だったのに、指先の美しさのままに流麗な文字だ。
「――済みません。急いで書いたもので、読みづらいですか?」
 問われて、ハッとして顔を上げた。やや申し訳なさそうな表情のオモイカネに、ダイダラボッチは慌てて首を横に振る。確かに達筆で少し読みづらいと言えなくもないが、決して読めない字ではない。
「いや、大丈夫だ」
「そうですか。では遅くならないうちに」
「ああ。行ってくる」
「気を付けて。行ってらっしゃい」
 優しい声色に背中を押されて、玄関へと向かう。また子ども扱いか、と苛立ちにも似た気持ちを思い出した。だがふと別の誰かにも言っていたような気がして、別に自分相手に限ったことではないのかも知れない。
 手の内の紙を見る。柔らかな筆の運びは、先の穏やかな声と相まって、どことなく妙な甘さを覚える。むず痒さに廊下を大股で歩いた。






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