花の香をまとう風が、花弁を夜空へと舞い上がらせる。昇る月の光に照らされて刹那に星になる花々。現実なる幻想。ギリシャの丘陵は、それはもう美しい草原が広がっている。 そんな丘にはモンスターの隠し持っている装飾品を探し出すために来た。隠された物を見出す力を持ったシンを連れて、丘に立つ。だが見渡す限りの草原には、あの禍々しい気配は微塵も感じられなかった。 「いないですね、モンスター」 呟くと、傍でシンが小さく笑った。 「そうだな。平和でいいことだ、と言いたいところだが」 言葉遊びのように紡ぐのを止めた言葉の先の意味は、推して知るべしと言ったところだ。今は何かしらが現れてくれなければ困る。でなければ話が一向に進まなくなってしまうからだ。 しかしながら呼べども願えども現れないものは現れない。思わず夜空に溜め息を投げかけた。いい加減、歩き疲れてもきた。 「少し休もうか。急ぎではないんだろう? なら焦ることはない」 そう言いながら、シンは座るよう手招いた。呼ばれるがままに隣に腰を降ろすと、彼は微笑で応えた。 随分と機嫌がいい。外に出たがるようなタイプではなかったように思ったが、バビロニア以外の地域の空気に、彼なりにはしゃいでいるのだろうか。ぼんやりと思いながら見上げた夜空には、煌々とした満月。 全く、月の神だなぁ。思わず笑みが零れた。風が花の香をなおも運び、月の光をも運んでくる。否、もしかしたらその燐光は、隣の神を恋うて自ずから漂ってきているのかもしれない。 止まぬ微風に、彼の青銀の髪が踊る。月光の鱗粉が、その周囲を舞うよう。美を形取る横顔にしばらく見惚れて、ひと時の休息を得る。 「――ああ」 零れた感歎の息。何事かと振り向いたシンに、ただ笑いかけた。 「そろそろ、もう一回りしてみますか」 立ち上がって、手を差し出す。意図を汲み取って手を取ってくれるシンの、細く骨張った手を掴んで引き寄せた。勢いで立ち上がった彼の、整った顔が近くになる。 「もう大丈夫なのか?」 「ええ。もうこの通り」 筋肉自慢がするように、わざとらしく両腕を持ち上げてみせる。シンはそれに噴き出すように笑った。 「大丈夫そうだな。では、行こうか」 彼の持つ杖の装飾がぶつかり合ってシャランと鳴る。それを合図に再び歩きだした。そうしてまるで示し合わせたかのように滲みだした気配に、目配せし合って笑む。夜は始まったばかりだ。 |