近くの川で花火大会があるという主の話に、多数の刀剣男子たちが盛大に盛り上がったため、皆で揃って見に行くことになった。希望する者には主が浴衣を揃え、その他は内番時の服装。鶯丸としてはどちらでもよかったが、折角だから浴衣を用意してもらった。千歳緑の生地に観世水の模様が繊細な一品だった。
 果たして川辺は人でごった返していた。そのひしめき合う様子に思わず足を引いた鶯丸は、果敢に人混みに挑む仲間たちを呆然と見送った。
「混んでますね」
 隣で呟いた江雪もまた、この状況に尻込みをしたようだ。困惑気味の横顔が、前方の仲間たちを見つめている。
「よくもまぁこの人混みに飛び込めるものだな」
 気が引ける、と言うと、確かに、と苦笑が零された。
 そんな江雪は珍しく髪を結い上げていた。浴衣を選ぶときに歌仙が「江雪殿に雪輪はどうだい」などと、彼らしくない駄洒落のようなものを言っていた(彼も花火に少なからず浮かれていたのだろう)のは見ていたが、その時は結っていなかった。
「その髪はどうしたんだ?」
「これですか? 次郎太刀殿が結ってくれたんですよ。浴衣を着るときに邪魔そうだからと。綺麗にまとめてくださったので、そのままにしてきたのですが……」
 答えながら、彼は露わになったうなじを撫でた。普段隠れている部分が晒されているのは、落ち着かないのだろう。先から襟を正すような仕草も繰り返している。
 そんな動きに、慎ましく鳴る数珠。その手、腕、首元の肌が、生地の縹色によって殊更白く映える。吊るされた提灯からの薄明かりに照らされて、仄赤く染まる雪肌。冷涼な色の瞳も、橙色の光を吸って柔らかに光る。
「雰囲気が変わるな」
 見惚れるような容姿。触れてみたくなるのを、帯を掴んで耐えた。
「おかしいですか」
 江雪は恥ずかしげに目線を下げる。いつもと違う自分が居心地悪いのだろう。そんな様子すら、夜の灯りの下では艶やかに見えた。
「そんなことはない。俺はいいと思うぞ」
 目線を上げた江雪が、こちらを窺った。そうして表情を緩めるのを、可憐に見る。白磁の頬に赤みが宿ったように見えたのも、気のせいではあるまい。
 そうですか、と返事をした江雪の静かな声を掻き消すかのように、花火が大きな音を立てて打ち上がった。一瞬、辺りが明るくなるのを、人々が一斉に見上げる。上がる歓声に活気づく一帯。喧騒とは違う華やぎに満ちる。
 色とりどり、形も様々な花火が、咲いては散り、咲いては散り。風に舞うこともなく落ちる花の残滓は、やはり本物の花とは似て非なるもの。だがその美しさは勝るとも劣らない。
「綺麗ですね」
 音の合間の呟きに、鶯丸は隣を見遣る。夜空を見上げる江雪の頬にも、花火がその色を落とした。睫毛が、瞳が煌く。その刹那に浮き立つ美。
 目を奪われたままでいると、視線に気付いた江雪が振り向いた。目が合う、花火が開いてから散るまでの間ずっと。交わすための言葉はなく、呼んでみた名も掻き消される。
 鶯丸はやがて苦笑を零した。瞬きを繰り返す江雪に、何でもないと首を振る。
「誰もいない場所なら良かったんだがな」
「えっ、なんと?」
 呟きを聞き取れなかった江雪が首を傾げた。もう一度と言いたげに問うが、鶯丸はそれになんでもないと返す。知らなくていい。ただその髪に、頬に、手に、触れてみたかっただけなのだ。
 一際大きな花火に、目を空へと移す。菊花が瞬間咲いて、川面へと散った。前方から馴染みの声がはしゃいでいる。






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