馬の世話と言う物は、存外に良い。握り飯を食っては吐き出された苦い思い出は有るものの、其れは単に彼らに米を食う習性が無いだけの事。悪いのは食わせた己だ。鶯丸は然う理解している。
 今日は江雪との馬当番だった。戦の事には表情を曇らせる彼だが、それ以外、殊に畑仕事や馬の世話には時に顔を綻ばせた。其の表情は悪くない。何時でも然うで在れば良いのに、とは思うが、此ればかりは屹度如何ともし難いであろう。
 果たして、江雪は先に厩に来ていた。馬の足元にしゃがみ込んで何をしているのかと思えば、彼は馬の脚を見ていた。然う言えば、昨日の戦で馬が一体、脚に傷を負ったとか負わないとか。其れを気にしているのであろうか。
 能々見れば、清流の如く美しい髪を、惜し気も無く地面に広げている。嗚呼、と鶯丸は心中で嘆息した。己は、身形には其処まで頓着する方では無いが、此れは余りにも勿体無いのではなかろうか。
「江雪」
 呼び掛けると、彼は徐に此方を振り仰いだ。
「あぁ、鶯丸殿」
 整った顔(かんばせ)を、其の髪が隠そうとする。視界を覆い隠さんとする其れを、白い指が一筋掬っては耳へと遣った。一連の動作は何かの絵の様に感ぜられた。
 然う思わせる迄の髪を、無造作に投げ遣るとは矢張り勿体無い。己に執着し過ぎないと言うのも、如何かと思う。着飾れとは言わないが。無為自然の儘でも彼は十分だが。愛嬌とも取れなくは無いが。
「其の髪、せめて結ったら如何だ。馬に踏まれでもしたら危ないだろう」
 言い乍ら、彼の髪を一筋、掬い取る。柔らかで、くたりと指から垂れる其れは、指に甘い感触。蜜の様に、水の様に、絶えず滴るかの様に。
「然うですね。ですが、結う物を持っていません」
 おっとりとした返事が為される。指先の恍惚とした感触に気を取られていた鶯丸は、はっとして目を合わせた。
 深みの有る紺碧が、日の光を僅かに弾く。戦の時は殊に重く暗く目を濁らせている彼だが、光をよく吸うとこんなにも柔らかい色を見せるものなのか。融雪の水も斯くやあらん儚い光に、目を奪われる。瞬きすら甘やかに此の眼に映った。
 静謐な色の慎ましやかな美しさ。秘され過ぎた艶やかさ。嗚呼、如何して今になって胸を打たれているのであろう。
「如何かしましたか?」
 唇が言葉を紡ぐのを見つめていたが、鶯丸はやがて目を閉じ、首を横に振った。出そうになった溜め息は、辛うじて飲み込んだ。
「いや。一度、屋敷に上がろう。結って遣る」
 立つようにと手を差し出す。江雪が遠慮がちに手を乗せるのを、強く掴んで引き寄せた。強い力によろける様にして立った彼。其の姿を小さく笑って遣ると、困ったとも呆れたともつかぬ調子で眉尻を下げる。だが掴んだ手は振り払われなかった。






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