冒険中の怪我など、いっそあって然るべきだと思う。勿論、怪我などしないに越したことはないし、しないように気を付けるべきでもある。だが戦いの最中に身を置く以上、それは避けられないものだ。
 シンを守護神にして道中を歩いていた途中、出くわした魔神に負わされた怪我はよくある裂傷だった。魔神の鋭い爪が腕を引っ掻いた。血こそ派手に飛び散ったが、傷そのものは大したことはない。放っておいてもよかった。
「傷は浅い。だけど、だからって甘く見ちゃダメだ。人は弱いのだから」
 道すがらの小川で、シンが血みどろになった腕を洗い清めてくれた。綺麗な手が血で汚れるのを申し訳ない気持ちで見つつも、腕を任せる。諫める言葉が、そのくせ優しい。
 どこからともなく包帯を出した彼は、慣れた手つきで広げては巻いていく。淀むことなく面積を広げていく包帯が、なんだか面白い。あれよあれよという間に綺麗に巻かれた包帯に、思わず感心した。
「シン様、包帯巻くの上手いですね」
「まぁ、ちょっとお転婆な妹がいるからな」
 シンは小さく笑う。名前は伏せられたが、誰のことを言っているのかは容易に知れた。彼にとって妹と呼べる存在は一人しかいないのだから。
「はい、出来上がり」
 包帯の端と端を結んで、腕が解放された。傷のせいでやや熱を持ち始めていたが、いつものことだ。動かすと多少の痛みはあるものの、戦闘に支障はないと思えた。
「ありがとうございます」
「怪我をするな、なんて言えないけれど、手当は怠らないように」
「じゃぁ、次もよろしくお願いしますね」
 ちょっと冗談だった。神である彼の手を煩わせるわけにはいかない。簡単な手当てなら自分一人でもできるのだから、そうするつもりだ。が。
「しょうがない人だな、君は」
 彼は笑んだ。呆れた物言いをする唇が、その意に反して弧を描く。困ったように下がる眉尻、なのに瞳は慈愛を湛える。バビロニアの誰かが、シンは面倒見がいいと言っていた。このことかと、頭の片隅で思った。
「……よろしく、お願いします……」
 眼を奪われて呆然としてしまっても、彼はなお慈愛の笑みを崩さない。優しく見守るような眼差しがまさしく月のようで、再度彼が月の神であることを実感した。



(あなたは『手当てをするのがやたら上手い』うれきのシンのことを妄想してみてください。)






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