部屋に射し込んでくる光は暖かで、白い鍵盤の上で煌めいている。
オレの指が鍵盤を叩く度に光は角度を変え、その光景を美しいと思うのに、オレの眉間には皺が寄っている。
原因は背後にのし掛かる物体で。
オレは今日何度目か分からない抗議をする為に口を開く。

「・・・おい」
「・・・・」
「おい、チビ」
「んー・・・」
「おい!!」

ピアノを弾く手を止めて、最大限怒気を含ませた声で恫喝しても、背中にもたれてくる重みは失われない。

んぅ、と寝惚けたような声がして、ようやく返事が返って来た。

「んもう、せっかくいい気持ちで聴いてたのに何?静かに弾けないの?」
「てめえ寝てたのか!?人に寄りかかって寝てたのか!?」

「目閉じてただけだよ。エリオットのピアノに集中してたの・・・ふぁ・・・」

欠伸しやがった。こいつ今絶対最後に欠伸しやがったぞ。

「続き、弾いてよ。もっとエリオットのピアノ聴きたいな」

「・・・・」

無言で怒りを伝えるが、オズの軽やかな声音は変わらず、全く伝わっていない気がする。

「今の曲は何て曲?綺麗なメロディだよね。オレこういう曲好きだなぁ」
「・・・・スターチス。オレが作った曲だ」

結局、折れて口を開いてしまった。
もっと怒鳴ってやりたいのに、オレのピアノが聴きたいと言われるとどうにも怒りにくい。
自分が作った曲を褒められるのは、自分が認めてもらえたようでくすぐったい気分になる。

思えば、さっきからこんな調子で乗せられてる気がする・・・

もう一時間以上も前、パンドラ内の一部の貴族向けの部屋の中で、ピアノが置いてあるサロンを見つけたオレはふとした気紛れに弾いてみる気になった。
しばらく弾いていなかったから、指慣らしに簡単な曲から、慣れて来たら今作曲中の曲・・・と弾いているといつの間にか夢中になっていて、近づいて来る人の気配に気付かなかった。

すぐ横で拍手をされて初めてオズがいることに気付き、正直かなりびっくりした。

「すごい、すごい!エリオット上手!今の何て曲?」

花を咲かせたような笑顔で褒められると悪い気はせず、ねだられるままに弾いてやっていると、いつの間にか奴はオレと背中合わせに座り込み、オレにもたれ掛かって聴くようになっていた。

重い、どけの言葉を何度口にしたか忘れたが、オズは人の言葉は聞かずに、ただオレの奏でるピアノだけを聴いていた。

もたれてくるなと訴えるオレの声は無視するくせに、一曲終わる毎に楽しそうに感想やら口にしてくるのが、なんつーか・・・・・・・ずるい、よな。
なんでオレはこんな勝手な奴を甘やかしてんだ。

「スターチスってあれだろ?花言葉が゛永遠に変わらぬもの゛っていう・・・それがこの曲のテーマ?」
「花言葉までよく知ってんな。・・・・・・・・・・・・引かねーか?」
「え、なにが?」

質問の意味が理解されなかったことに小さく安堵した。
リーオに引かれたことを思い出して、思わず妙なことを聞いてしまった。
こいつも妹がいるし、花言葉くらいそれなりに身近なものだったのかもしれないな。

「それにしてもエリオットって、いっぱい作曲してるよね」

「・・・毎年母の誕生日にプレゼントしてるからな」

「ええっ、いいないいなー。オレの誕生日にも曲作ってよ」

「・・・っ、な、なんでオレがおまえの為なんかに」

「エリオットの作る曲、どれも好きなんだもん。オレの為にも作って欲しいな」

オレの作る曲が好き、は予想外にオレの心にキた。やばい。嬉しい。
こいつの為に作るなら、イメージは軽やかで可愛い感じの・・・いや待てよ、何で考え出してんだ。
だが、自分の為に作って欲しいと言われたのは初めてで、反発よりも喜びのが勝るがそんなことをこいつには言えるはずもなくて。

「・・・し、しょうがねーな、どうしてもと言うなら・・・考えてやらんでも・・・」

「ほんとっ?約束だよ!」

嬉しそうな声が背中で跳ねる。
そんなに嬉しいのか、と思うとオズに向けた言葉とは裏腹にやる気が出て、頭の中でメロディーを組み立て出している自分がいる。
テンポは速い方がいいか、それとも・・・・



「エリオット。ねー、エリオットってば」

「うわっ!な、なんだよ」

ふいにオレの右肩からオズ様の顔が出てきて動揺した。
いつの間にか向きを変えてオレの背中にへばりついていたようだ。
っつーか、か、顔、近・・・

「やっと気付いた。何回も呼んでんのにー。自分の世界に入っちゃって何考えてたの?」

「べ、別に・・・何も考えてねーよ」

早速お前の為の曲を考えていた、とは言えない。

「まあ、いいけど・・・ねぇ次はあれ弾いてよ。祭典の時に演奏される行進曲」

「ああ?もう散々弾いてやったろ」

「なんだよケチー。あー、それとも実は弾けないとか?」

「んな訳ねーだろ!」

からかう口調にムカっと来て、すぐに弾いてみせてやると「それそれー」と間延びした声がしてオレの肩に顎を乗せて来た。
・・・・嵌められた・・・のか?
しかし弾き始めれば途中で止めることなど出来ない。
というより、弾き続けていないと、その・・・真横にあるオズの顔が、背中にぴったりくっついている体の温もりが、気になって、落ち着かなくて・・・曲に集中していないと平静を保てそうにない。
やがてオズはゆっくり瞼を閉じて聞き入る体勢に入った。

離れろ、と言おうとして開きかけた口は途中で止まり、代わりに小さく息を吐く。
しょーがねえから、この曲を弾き終わるまでは許してやるか。

風が吹いて、柔らかな金髪が頬を撫でた。


自然と頬が弛んでいくのも、きっと仕方のないことなんだ。






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