休日とはいいものだと、つくづく思う。兄である鼎の取り締まる会社にて、アルバイトとして働く身ではあるものの、あまり意味はないもののように思える。社員は皆、家族のようなもので、実虎を厳しく扱うものはいないからだ。
 テレビのよく見える二人掛けのソファを陣取り、淹れたてのカフェオレを片手にのんびりバラエティー番組を観る。仕事中ではあるが、能力という能力は持たない実虎にできる仕事と言ったら、今も昔も家事ぐらいだ。それも一通り終わってしまった今、あるのは自由時間。こういう時こそ自分の時間を楽しまなくては。
 とはいえ、すぐ後ろでは鼎がデスクワークに励んでいる。出掛けの直前に戌彦からの強いお達しで、一人黙々と作業せざるを得なくなったのだ。実虎の仕事を増やすまいと、何より鼎にサボらせまいとする戌彦の意図に、実虎は内心で苦笑を零す。日頃の行い云々というやつだ。
 だがそういった怠惰な言動の裏に、誰よりも心優しく仲間思いな心があることを、実虎は知っている。戌彦も知っているだろうから、鼎の元を去ろうとはしないのだろう。それを簡単に表そうとはしない、逆に意地の悪い言動で隠そうとさえする。何て素直じゃない、愛しい人。
 問題を解くわけでも、レポートを書くわけでもないのに、うんうん唸りながらキーボードを弾く鼎。肩でも凝ったのか、目が疲れたのか。いつも陰ながら支えてくれた彼だから、たまには無理やり甘やかせてやろうかと、少し意地悪な気持ちが働く。

「社長」

「あー……?」

「少し休んだらどうですか?」

 ソファの背もたれから呼ぶと、鼎は途端に頭を抱え、叫び声のような唸り声をあげた。

「お前がそんなこと言うから、超やる気なくした!」

「最初からなかったじゃないですか……」

 実虎の呆れなど意に介さず、キャスターの付いた椅子をすっ飛ばす勢いだ立ち上がった鼎。重い足取りで一人掛けのソファに座ろうとするのを、実虎は彼の手を取り引き寄せては隣に座らせた。突然のことに目を白黒させる彼に、にっこりと微笑みかける。
 少しの力で簡単に崩れてくる痩躯をそっと抱え、そのまま倒し、頭を膝の上に乗せる。いわゆる膝枕。見下ろす端正な顔は呆然としていた。

「……は?!」

 ややもして我に返った鼎が、素っ頓狂な声を上げて身を起こそうとする。実虎はせっかく倒したのを起こすまいと、再度倒して肩を軽く押さえつけた。体勢の優劣は言わずもがなで、鼎はもう起きることができない。

「何すんだ、馬鹿!」

「何って膝枕ですよ。ちょっと、暴れないでくださいって!」

「うっせぇ!いいから放せって、何考えてんだ!」

 弟に膝枕されているということが恥ずかしくて堪らないのか、鼎はどうにかして逃れようと躍起になっている。体勢的にこちら側が有利とはいえ、あまり激しく暴れられては如何ともしがたい。抱えるにも限界があるし、大体、下手したら自分が落ちてしまうことを解ってやっているのだろうか。
 手のかかる兄だ、と実虎は最終手段とばかりに彼へと身をかがめた。前髪を掻き揚げて、露わになった額に口付けを一つ。すると鼎は途端にピタッと身を固め、頬をこれでもかと紅潮させる。これはよく効いたと、実虎は満足して笑んだ。

「たまには甘やかされてください」

 髪を梳きながら、「ね?」と囁くように告げる。鼎は赤らんだ顔のまま困ったような泣きそうなような顔をしたあと、耐えかねて両腕で顔を隠した。その腕の下から見える唇がわなないているのを見ながら、実虎は宥めるように髪を梳き続ける。

「……だ、だったら、俺の仕事終わらせろよ……」

 しばらくした後に小さく呟かれた鼎のわがまま。ありきたりな物言いに、実虎は小さく笑みを零した。

「いいですよ」

「……やっぱいい。戌彦に怒られる……」

「黙ってればバレませんよ?」

「いいったら、いいッ」

 それきり鼎は、腕で顔を覆ったまま黙ってしまった。甘やかされることに慣れていないというように引き結ばれた唇が、今の彼に心情を如実に表している。普段は何かと要領よく動いているように見えるが、実はこんなにも不器用で拙い。愛というものを与えるときは能動的であるにも関わらず、受けるとなると途端に疎くて幼くなる。
 それは俗にいうギャップというものなのか、実虎には言葉にしがたい。だがそんな鼎を酷く愛しく思うのは事実で、曲げることもできない。いつかぎこちなさを忘れるくらいに、もっと愛してあげたい。

「社長……、ううん、兄さん」

 鼎の腕をそっと持ち上げ、表情を伺う。羞恥に潤んだ眼が、実虎を見つめた。ゆっくりと触れ合わせた唇に、鼎の緊張がゆるりと弛緩したのを、実虎は幸せと称した。





甘く遍く甘やかす






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