世界はこんなにも美しかったのかと、唐突に気付いた。日の光が柔らかく射し込む窓からの眺めに、綱吉は目を細める。
 嫌々ながらもボンゴレボスの座を継ぎ、早や数年。ひと波乱ふた波乱を乗り越えて、ようやく一息がつけたように思う。優秀な仲間たちがサポートしてくれているとはいえ、トップである自分に圧し掛かる責任は決して軽くはない。これまでに幾度となく穏やかさを取り戻していたように感じていたが、今ここに真の平穏がこの身に落ちてきたようだ。
 綱吉は長くゆっくりと息を吐いた。疲れがじわりと心身に広がっていく。身体的には十分な休息を取っているために然程ではないが、ボンゴレの本拠地イタリアでの慣れない生活は精神面にダメージを与えた。一時的な滞在ではあるが、早くも故郷が恋しい。

「日本に帰りたそうですね」

 背にかかる声に、綱吉ははっと振り向いた。廊下へと直結する観音扉の開かれた片側に、骸がその優美な姿を見せている。

「何だ、骸か」

「この僕を捕まえて、何だとは失礼ですね」

「お前が勝手に来たんじゃないか……」

「同じことです」

 かつ、とブーツを鳴らして、骸が近づいてくる。その気配の穏やかさに、綱吉は見入った。想いを通じ合わせても、その過去故の過剰な警戒心が信頼を微塵も見せなかった彼が、ここにきてようやく見せるようになった表情。瞳に根付いていた陰りのなくなった相貌は、何にも増して美しい。
 肩が触れ合いそうにまで近づく、その瞬間の香水ともつかないフレグランス。彩度を増すかんばせ、その艶。何より彼が隣にいるという幸せ。窓からの日の光に照らされて、綱吉の世界はより一層美しさを増す。

「何を見惚れているんです?」

 小さく笑う声に瞬きすれば、色違いの眼を細める骸の姿が映る。やや下がり気味の眦が、穏やかな心の色合いを滲ませていた。

「骸、綺麗だなーって」

「何をいまさら」

「うん。でも、綺麗なんだよ」

 重ねて言い募れば、骸は困ったような、はたまた呆れたような顔をする。しかしその頬は仄かに染まっており、恥じらいを押し隠しているようにも見えた。

「君って人は……。もう少し語彙を増やしたらどうです?馬鹿の一つ覚えみたいに同じ言葉ばかりだなんて、センスがないです」

「う……。悪かったな、ボキャブラリーが貧困で。これでも他の言い様とか考えたんだぞ」

「考えて、それですか?」

「だから!もういいだろ?!」

 子供みたいに唇を尖らせてツンとそっぽを向けば、視界の隅で小さく震える頭。押し殺される笑い声が、小鳥のさえずりよりもささやかで愛らしくて、つい一緒になって笑みを零した。
 今までに幾度となく幸せというものを感じてきた。だがこういう形の幸せもあるのだということを知ったのは、つい最近だ。骸が笑って、その心を曝け出してくれる。これは綱吉にとって、新しい幸せの形。

「仕方ありませんね。君らしいので、許して差し上げましょう」

 あまりにも愛おしそうに言うものだから、綱吉は思わず目の前の痩躯を抱き寄せた。抵抗なく腕の中に納まるのを、万感の思いで受け止める。この温かな存在を守り抜くためなら、何でもできると思った。
 間近にある顔。その白い頬を撫で、耳元に唇を寄せ、囁く言葉。日本語のそれに再び笑みを零した骸が、そっと腕を背に回してくる。そうして耳に吹きかけられたイタリア語に、今度は綱吉が笑みを零す番となった。





幸せが手招く世界へ






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