※少しだけ血表現があります。





 行く宛てはないという吸血鬼のエリオットを、しばらくの間、家に置いておくことにした。文字通り人間の血液が主食の生き物であるため、食料の心配が多分にあったが、本人曰く普通の食べ物も食べるというので気に病む必要はなかった。抗いがたい魔性の血の誘惑もどうやらコントロールできるらしく、空腹の納まった彼からは何の引力も感じられなくなった。
 血を吸わなくても、空腹は抑えられる。だが生き物とあれば、主食となるものは食べずにはいられない。プライドの高いエリオットはそれをジャックに言うことはないが、大きなストレスを感じていることは容易に察することができた。
 窓から道行く女性を眺めるエリオットの眼は、飢えた獣のように光るときがある。それは単に女性に触れたいだとか、そんな浮ついた感情からくるものではない。飢餓状態に陥って今にも狂いだしそうな猛獣の眼差しだ。空腹ではなくとも、血に飢えているに違いなかった。
 本能が騒ぐのか、噛み付きたい衝動を抑えるかのように自分の指を噛むのも、同時期だった。噛みすぎて、血が出てからそのことに気付くということが多々ある。指に付いた酷い噛み跡を見て溜め息を吐く姿に、ジャックはいつも何故彼のような子が吸血鬼なのだろうと思うことが増えた。

「血が、吸いたいんだろう」

 硬質的な色合いの髪を梳きながら問うと、エリオットはびくりと体を強張らせる。ジャックを振り仰ぐ彼の驚愕を全面に表した顔は、いっそ痛ましさすら覚えた。

「隠す必要はない。吸血鬼なのだから、仕方ないさ」

 反論の言葉が出てこないのか、エリオットはただ悔しげに顔を俯かせる。それだけ切羽詰まっているということだ。
 エリオットが外へ出て人を襲わないのは、自分のためだということを理解しているからこそ、ジャックは苦しかった。死ぬことはなかったとはいえ、空腹に喘いでいた彼に手を差し伸べて、剰え居住スペースを与えたこと。彼はそれに恩義を感じて、ジャックに迷惑はかけまいとしているのだ。
 義理堅くて優しい、しかしその優しさのせいで傷ついている彼を、どうにかして助けたい。ジャックはここ数日、そればかりを考えていた。どうして気紛れに拾っただけにすぎない吸血鬼にそこまで思うのか、自分でも不思議で仕方がなかったが、今はそんなことはどうでもよかった。

「エリオット。私の、男の血では代用できないだろうか?」

 ジャックの提案に、エリオットは弾かれたように顔を上げた。先程と同じ驚愕の顔に、恐怖さえ交えている。どことなく青ざめた彼を、ジャックは真摯な眼差しで見つめた。

「男の血は飲めないかい?」

「飲めなくはない、が……」

「なら是非とも私のを飲んでほしい。それとも、吸い尽くすまで止まらないとか?」

「そんなことはない。だがオレは……!」

 拒絶の言葉を叫ぼうとしたエリオットの口を、手のひらで塞いだ。人のそれと変わらぬ体温が、そこにはあった。
 エリオットが拒絶することは初めから解っていた。だからこそジャックは、飲めるのならば無理にでも飲ますつもりでいた。死にたくはないが、自分の血で彼の渇きが潤うのなら、この命が許す限り彼に与えてやりたい。
 手のひらの代わりに唇でエリオットの口を塞ぎ、彼が逃げないよう腰に腕を回した。口付けの苦手な彼は口を固く引き結んで抵抗したものの、すぐに堪え切れずに力を抜いてしまう。あまりの弱さに心中で苦笑しつつも、すかさず舌を滑り込ませてその犬歯の鋭さを確認した。
 びくりと肩を震わすほど過敏なエリオットの犬歯だが、やはり鋭さは常軌を逸している。人の肉など簡単に穿たれそうだ。吸血鬼の名は伊達ではなく、未熟でもその体は立派に魔物のもの。普通の人間ではない。
 だがいまさら恐怖など湧かなかった。口を離し、開かれたままのエリオットの咥内に指を入れると、指の腹を彼の牙に押しつける。いとも簡単に突き破られた皮膚からは、鮮血が滲みだし雫となって彼の舌へと零れ落ちた。

「……ぁ……ッ!」

 その血の味によって即座に現状を把握したエリオットが、逃げようと抵抗を始める。だが彼の腰に回した腕がそれを許すはずもなく、また顎もがっちりと捉えたため、簡単に逃れることはできない。逃すつもりなどない。
 さらに指を牙に押しつけ、小さな痛みに眉をしかめつつ耐える。牙からの感触でエリオットにもそれが解るのか、苦々しそうな顔をした。だが牙という性感に触れられているせいなのか、久々の血の味に興奮しているのか、彼の頬は紅潮していた。

「……やはり、不味いかな」

 ややもしてから、エリオットの牙から指を離す。解放された彼は、口を手で覆いながら俯き、荒い息を抑えようとした。その姿は吐き気に耐える様子にも見えて、ジャックは少なからず不安を覚える。

「…………かった」

「え?何……?」

「……信じられねぇほど美味かったっつったんだよ!!」

 そう叫ぶなり、エリオットは真っ赤な顔をして部屋を飛び出していった。荒々しく閉じられた扉の向こうから、ばたばたと大きな足音を響かせては隣の部屋に閉じこもる音を聞かせる。そうとう恥ずかしかったようだ。
 だがジャックは呆然とした。叫んだ台詞にどんな意味があったのか、全く解らない。自分の血がエリオットの口に合ったまでは理解したが、それのどこに恥を感じるものがあったのだろうか。未知の文化の壁に当たっては、知る由などない。
 一先ずエリオットの嗜好的には問題ないようで、ジャックはほっと胸を撫で下ろす。彼はこの次も拒絶するだろうが、彼のためだと説き伏せてしまえばいい。脈に合わせてじくじくと痛む指を見つめながら、ジャックはそう考えた。










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血が口に合えば合うほど、色々と相性がいいという隠れ設定。






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