快晴の空の色では物足りず、紺碧の海の色では深すぎる。空を見上げても海を見下ろしても、同じ青なのにオズの心は満たされることはない。空より深く、海より明るい蒼色の、何よりもオズの心を奪うあの瞳の色でなければ駄目なのだ。 その瞳の持ち主であるエリオットに会いたい衝動は日に日に増していき、自分自身でもどうしようもなくなってくるほどだった。アリスたちとともに真実を探る身の上、そうそう自分のみの時間など作れるはずもなく、欲求をストレスに変える日々。オズは苦しがった。 そんな中に飛び込んできたエリオットの帰省の話に、オズは今がチャンスとばかりに食らい付いた。餌食はもちろん、最も身近にいるナイトレイの人間であるギルバート。本人はナイトレイであることを嫌がっているが、今はそんなこと関係ない。 あの手この手で説き伏せたギルバートとともにやってきた、ナイトレイの屋敷。どことなく陰湿な空気の漂うその中を、エリオットが切り裂くように歩いていた。 「エリオット!!」 恋い焦がれた姿を目にした瞬間の衝撃たるや、自らの想像を絶した。溢れだした恋情は怒濤のごとくオズを翻弄し、意志とは関係なく体を走りださせる。誰にも止められそうにない勢いで、エリオットの元へと駆けた。 「な……ッ?!」 驚愕の表情で固まるエリオットの手前で、どうにか足を止める。駆け寄る勢いのままに抱き締めたい衝動を抑えるのに、酷く労を要した。 「あぁ、会いたかったよ……!」 抑えきれない衝動はオズの手を伸ばし、エリオットの手を強く握る。両の手で包み込んだその手は、手袋の厚めの生地からでも温もりを伝えた。その温かさがやけに嬉しくて、じわじわと滲んでくる感涙に視界の端が歪む。 対してエリオットは、見るからに固まり絶句していた。突っ込みたいことは山ほどあるが、ありすぎて喉に詰まっているようだ。若干、顔色が蒼白しているようにも見える。冴えない顔色の理由は単なる驚愕からか、それともオズからの想いにか。 「……エリオット?」 小首を傾げつつオズが名を呼ぶと、エリオットはびくりと肩を跳ねさせて我に返った。頬に血色が戻るが、引きつった顔は直らない。 「貴様、何故ここにいるッ?!」 もはやテンプレート化されたようなエリオットの問いに、オズはだらしのない笑みを浮かべた。怒鳴り声でさえ嬉しくて、愛しい。実際に感じられる焦がれていた彼の感触に、湧き出る歓喜を抑えられようがなかった。 「何でって、会いたかったからに決まってるじゃんか」 「そんな安易な理由で、ベザリウスの人間がナイトレイに来るなッ!!」 手を振り払いながら怒鳴られたが、鮮やかな蒼い瞳には明らかな動揺が揺れていて、いまいち迫力に欠ける。エリオットが怒るには十分すぎる理由ではあるのだが、何故そこに動揺が生じているのだろうか。ナイトレイに絶大な誇りを抱いている彼の意志が、まさかベザリウスに傾きかけているとは、万が一にもないだろう。となれば、彼個人の意思か。 オズは取って付けたかのような彼の拒否に少し呆然としつつも、そこまで考えた。さすがに昨日今日変わった個人の意思を読み取ることなどできないが、人の顔色を読むのは得意だ。じっと彼を見据えて、笑みを崩さず答える。 「ベザリウスとかナイトレイとか、関係ないと思うんだけどな。オレはエリオットに会いたくて来たわけで、ナイトレイに会いたかったわけじゃない」 事もなげに告げれば、エリオットの動揺は更に大きくなった。精細を欠いた蒼の瞳は水面のごとく揺らめき、しかしそれでもなお閃くような色を湛える。不安定になっても、だからこそ普段にはない輝きを宿し、目を奪われるほど綺麗だ。 やがて居心地の悪そうに逸らされる視線。強く握られた拳の中には、どんな感情が隠されているのか。オズはエリオットとの距離を詰めると、そっと顔を覗き込んだ。見たことのない表情の、どこか知っているような気色に、胸が高鳴る。 「ねぇ、エリオット」 垣間見られるエリオットの心情に、オズは口元を緩める。エリオットは最後の抵抗とばかりに、悔しげに顔を逸らした。 「うるさい、黙れ。……それ以上、喋るな」 僅かに歪んだ端正な顔に広がる、恋情のような色。きっと間違いではないだろう。軽く食まれた彼の薄い唇は、もはや肯定そのものだ。会いたかったという言葉に反応したということは、彼も自分に会いたがっていたに違いない。それらの事実はオズを歓喜に狂わせた。 恋に煩う蒼い瞳の美しさに酔い痴れ、オズは目を細めた。今しか見られないであろうその揺らめく色を、目蓋の裏にしっかり焼き付けながら、エリオットの手を取り笑う。観念したような表情の彼は、今度は手を振り払わなかった。 ‐‐‐‐‐ あれから一歩前進したって感じ、なのかな…… |