夏目があからさまに田沼を意識しはじめた。夏目の恋心など知る由もない田沼は、寂しそうな顔で多軌に相談を持ちかける。最近、夏目が自分を遠ざける、また妖に関わっているのだろうか。似通った思考の二人に、多軌は溜め息を吐いたものだ。
 夏目の想いを告げるわけには行かない多軌は、その場は心配する素振りを見せて済ませた。最初のうちはこれで済むかもしれないが、長く続いてしまえばそうも行かなくなる。これからのことを考えて、多軌は他人事ながら頭を悩ませた。
 こうなれば何らかの形で協力して、夏目を動かすしかない。傍観を決めていた多軌だったが、間に挟まれてしまいそうも行かなくなり、意を決した。人の恋路に巻き込まれたくなかったが、当事者たちに相談されてしまったのだから仕方がない。
 まずは夏目の現時点の想いを聞き出すべく、放課後、帰路を彼とともにすることにした。

「ねぇ、夏目くん」

「ん?」

「田沼くんのことは、どうしたの?」

 直球で尋ねてみると、夏目はびくりと体を固まらせた。足を止めて俯いてしまった彼に、やっと自覚したかと思い至る。

「それは……その……」

「隠さなくてもいいのよ。私、解ってるから」

「う……」

 困惑顔で目を泳がせる夏目の頬は、いっそ気の毒なほど真っ赤だ。本気で恋をしはじめた彼が、多軌は少しだけ羨ましく思った。

「……多軌の言う通りだったよ」

 以前に相談を持ちかけられたときに、夏目は妖と関わりすぎておかしくなったのではないかと勘違いをしていた。だが恋情をはっきりと自覚してから、多軌がそれを否定した理由を理解したようだ。成長したな、と多軌は嬉しくなった。

「じゃぁ、どうするの?」

「どうするのって……」

 再び歩き始めた夏目の小さな歩幅に合わせて、多軌も並んで歩く。俯いたまま顔をあげられないでいる彼は、ほとほと困った顔で言葉尻を濁らせた。ついこの間、初恋をしたばかりの彼は、好きな人への対し方が全く解らないようだ。
 気持ちは解らないでもないが、このままでは彼も、ゆくゆくは自分も困ったことになってしまう。今は蚊帳の外の田沼にも、何らかの影響は出るだろう。仲が拗れてしまうことも考えられた。それではいけないのだ。二人にはどんな形であれ、仲良しでいてもらいたい。

「私はやっぱり玉砕覚悟で告白したほうがいいと思うの」

 多軌が提案すると、夏目は驚いて弾かれたように顔を上げた。

「告白?!」

「そう!だって、このままいつまでもウジウジしてられないでしょう?どうしたって田沼くんには不審がられるし……」

 すでに不審がられていることは、ここでは敢えて伏せた。今の夏目に変なプレッシャーを与えては、上手く行くことも行かなくなってしまう。そうでなくても彼には人に心配されるのを嫌がる節がある。だからこそ田沼も本人にではなく、多軌に相談してきたのだ。田沼の配慮を無駄にしないためにも、多軌はそれを心の内に秘めた。
 夏目は当惑して再び俯いた。これまでの関係が壊れてしまうことを恐れているのは明らか。彼の思いを予想して多軌も切ない思いに駆られるが、だからとて提案を撤回するわけにはいかない。一歩を踏み出す勇気というものは、いつだって出した人の味方なのだから。
 もうすぐ別れ道へと至る。タイムリミットはすぐそこだ。夏目に勇気を振り絞らせるべく、多軌は彼の背中を押す。

「大丈夫よ!恋人にはなれなくても、二人は友達には変わりないわ!」

「そう思うのか?」

「思うわ。他の人は解らないけど、相手は田沼くんだもの。夏目くんのことをよく知っている、田沼くんだよ」

 やがて見えてきた別れ道の袂に田沼の姿があるのに気付いて、夏目はぎくりと足を止めた。一瞬の蒼白の後に、また赤くなったりと顔色が忙しない。普段こそクールなイメージのある夏目だが、こんな一面もあるのだと多軌は新鮮に思った。
 くるりと踵を返した夏目に、多軌は慌てて腕を掴んで引き止める。逃がすわけには行かない。夏目の、引いては二人のためなのだと心を鬼にして、彼を引っ張った。

「た、多軌、放してくれ……!」

「ダメよ夏目くん!田沼くんには待っててもらってるんだから!」

「……え?!」

 多軌は最初から仕組んでいて、夏目を帰り道に誘ったのだ。別れ道に至るまでに彼をけしかけて、田沼を待たせておいて、一気に告白させてしまおうという計画。こうした荒療治でもさせなければ、きっと彼はいつまで立っても動きだしてはくれない。
 田沼に相談されたとき、多軌はいても立ってもいられなくなった。遠ざけられた寂しさを見せる彼の黒い瞳に、微かな恋情が揺れていたのを見つけたからだ。彼もまた夏目に淡い想いを寄せていて、夏目と違うのは彼自身がすでに自分の気持ちを理解しているところにある。
 言わずもがな、二人は両想い。ならばくっつけずして何とする。本当の彼らを少なからず理解していると自負するものとして、多軌は自分が火付け役になることに決めた。二人が幸せになれるのであれば、多少差し出がましく思われても構わなかった。

「大丈夫。私を信じて。絶対悪いようにはならないから」

 答えの出ている未来ほど信じられるものはない。夏目の両肩を掴み力強い眼差しを向けると、弱々しかった彼の眼に決意の色が満ちる。力強く頷いた彼に、多軌は勝利の女神よろしく微笑んだ。

「それじゃぁ、私は帰るわね」

「えッ、待っててくれないのか?」

 踵を返した多軌を、夏目が引き止める。一人では心細いようだ。ここまできて、と多軌は少し呆れた気持ちになる。

「何言ってるの。私なんていなくてよかったと思うようになるわよ」

「そ、そんな……」

「頑張ってね、夏目くん」

 少し冷たい引き離し方だっただろうかと思いつつ、多軌は夏目をその場に残して足早に離れた。強引に引き合わせたからとて、いつまでもその場にいては単なる出歯亀になってしまう。そこまでなるつもりはない。自分の役目はここまてで終わりだ。
 道の影になるところからそっと覗くと、夏目が田沼に話し掛けるところが見えた。ようやく動きだしたか。煽ってはみたが、ギリギリまで躊躇する彼のことだ。実際に告白するかどうかは解らない。全ては彼次第。上手く告白できればいいと思うのだが。
 多軌はそこまでを見届けて、今度こそ帰路につく。明日からの二人が楽しみで、思わず鼻歌を歌いながら歩いた。恋愛というものは、やはりいいものだ。










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多軌は大好きな人のためなら、一肌も二肌も脱いじゃう子だと思う。
そんな多軌がひたすら可愛い。






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