「貴方はずるい人ですね」 彼の言葉に、名取は当然だと頷いた。 つい先日、夏目の口から恋愛に関する言葉を聞いた。どこの何とかとか言う少女が好きだとか何とか。珍しさも手伝い、半ば強引に話を聞きだして、勝手に恋愛相談に持っていったのは記憶に新しい。いつになく困惑し、顔を赤らめて口籠もる様子は、なかなか可愛らしかった。 その様子を、逐一説明してみせた。隣に立つ、夏目の大事な友人の田沼要。少し哀しげな横顔は、どこの誰かも解らない少女の隣で幸せそうに笑う夏目を思い浮べているのだろうか。名取は目を逸らした。 「おれに説明して、何になるんです?」 「夏目は君の友人ではないのかい?」 田沼は押し黙った。友人という言葉が思いの外、突き刺さったようだった。無理もない。彼は友人である夏目に恋愛感情を抱いてしまっているのだから。 「貴方は知った顔してそんなことをおれに話して、どうしてそんなにずるい人なんですか」 田沼はとうとう、気丈に持ち上げていた顔を下げてしまった。田沼の想いを知っている上で、まるで傷を抉るように夏目の恋愛話を持ちかける名取の意地の悪さに、本気で傷ついた。長めの髪で隠れてしまった横顔が、彼の気持ちを物語っている。 「そうさ。私はずるい」 名取はうっすらと笑み、田沼の顎を掬って自分の方へ向かせた。 「夏目が君から離れれば、君は私の元へ来るしかなくなるからね」 田沼は苦しそうな眼を一際歪ませた。 「なぜそうなるんです。夏目の他にも人は沢山いる」 「なら逆に問おう。君はこんなにも君を理解している私から、離れられるのかい?」 現に今だって、まるで旧知の仲のように二人きりでいる。名取が田沼を理解し、居心地の良い場所をさり気なく作り出しているから。何の気兼ねもなく、傍についてしまう。 田沼は何かを言い掛けて、すぐに辞めた。言っても無駄だと思ったらしい。そう、無駄なのだ。どんな手を使ってでも手に入れると決めたときから、彼の抵抗など意味を成さなくなった。 「だから、おいで、私の元に」 田沼は最後の抵抗とばかりに、名取の手を退けて背を見せた。だがその場から逃げない時点で彼の負けは必至で、名取は笑みを深めた。今までの所業とは裏腹に、後ろから優しく抱き締める。 「愛しているよ、誰よりも」 「おれは貴方なんか、愛していません……」 唇が震えている。まるで今の彼の心模様そのもののようで、名取は目を細めた。 ‐‐‐‐‐ 大人と子供の違いって奴ですよ(何) |