田沼と離れて数年が経った。彼と過ごした日々は一年余りしかなく、恋人としては半年もなかったが、当時の記憶は今も褪せず心を彩っている。
 父の仕事の関係で都会へと引っ越してしまった田沼とは、別れてから一度たりとも会っていない。 だが手紙や電話で連絡は取り合っていて、彼の住所は入手していた。いつか再び出会えるときのために。
 そしてその“いつか”が、今日やってきた。とはいえいきなり行って驚かせてやろうという遊び心のため、田沼のほうは何も知らない。夏目だけが逸る心を抑えて、田沼の住まうところへと足を急がせた。

「え、いないんですか……?」

「バイトに行っていてね。夜遅くまで帰ってこないけど、部屋で待つかい?」

 田沼の父に勧められたが、気が引けて辞退した。いきなりきて長い時間お世話になってしまうのは、いくらなんでもと思った。
 仕方なく、手ごろなビジネスホテルを探すべく街に出た。行きこそ鼻歌も歌いだしそうなほどの気分で歩いていたが、出鼻をくじかれて今は何だか心細い。会えないと決まったわけではないが。
 溜め息をどうにか堪えてホテルを探していると、ふと小さな花屋が目に入った。店内の黒い姿に、何となく目を奪われる。

(……あ)

 色の黒いシャツの上に、淡い色のエプロンを付けた青年。彼の横顔を田沼にそっくりで、むしろ彼は田沼で、夏目は溢れだした歓喜に立ち尽くした。
 高校の時よりも長くなった黒髪を、後ろで一括りにしている。しばらく見ないうちに酷く大人びた顔つきになっていて、心なしか背も高くなっている気がする。そんな僅かな変化に、時の流れを感じて切なさを覚えた。大人になってしまうほど、会えない時間を過ごしてきたのだと。
 だが、どのくらい花屋のバイトをしているのか知らないが、今だに笑顔を作るのは苦手らしい。色とりどりの花に囲まれて、田沼は去りぎわの客にぎこちない笑顔を見せた。背を向けた客に隠れて疲れたような顔をする彼に、そんなところは変わってないなと安堵。
 そのまま黙々と花の世話をしたり、店主と少ない会話を交わす田沼をしばらく見ていたが、居ても立ってもいられなくて彼の元に一目散に駆け出した。

「田沼!」

 脇目も振らず花屋へ駆け込む。振り向いた田沼が夏目の姿に驚く間も与えず、腕の中にその痩躯を抱き込んだ。

「なつ、め……」

 久々に聞いた電話越しではない生の声に、どうしようもなく胸が締め付けられる。

「田沼……」

 言いきれない想いを乗せて名前を呟くと、背に回った腕の力が同じくらいに強まった。肩に押しつけられた顔に、募った寂しさが昇華されていく感じがする。愛しさの余り、すがりついて泣き出したくなった。

「会いたかった」

「おれもだ」

 久々に感じる互いの体温に全ての思考を奪われながら、ただひたすら再会の喜びをひしと抱き締めていた。花の香が移った田沼の髪に、怒濤のような懐かしさを噛み締めながら。





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大学生かな。






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