冴え冴えとしたアイスブルーの眼が、自分を見つめている。それだけで、得体の知れない衝動が体の奥底から突き上げた。酷く荒っぽい、理性の欠けらも見られない衝動だ。これは何だろうと考えながらも、体は意志とは無関係に動いた。 この手が伸ばした先にあったのは、自らが社長と呼ぶ鼎の頬だった。触れられた鼎は一瞬驚きに眼を見開いたが、すぐにそっと眼を細めた。愛しげな眼差しだった。実虎は内心驚きつつ、生唾を飲み込む。 己が嫌いだと称する相手に何をしているのだろうと、頭の冷静な部分で実虎は思った。衝動的に触れて、しかも触れた瞬間に体が発熱したようになるなど、どんな心の病だろう。しかも相手は拒まない。拒むどころが、どこか嬉しそうな気配さえしている。何を考えているのだろうか、自分も、鼎も。 「社、長……」 「ん?」 乾いた口で鼎を呼べば、鼎は口を弧に描いて答える。汚れることを嫌うアイスブルーの瞳、三日月よりも美しい弧を描く唇。倒錯的だった。脳が眩むようだった。 そんな混乱の最中でも、体は本能に従順だった。たどたどしい手つきで鼎の顔を持ち上げようとすれば、細い顎が僅かに上を向く。その動きで後ろへと流れた色素の薄い髪に、抵抗の“て”の字もなかった。 好きと嫌いが交錯する。実虎は正直にそう思った。触れた指先から恋情がどくどくと伝わる感覚がする。麻薬のようなそれは、実虎の理性と鼎への不可思議な嫌悪を蝕んだ。やがて残るのは、もっと触れたいと思う劣情。 自分を止めることのできないまま、実虎は鼎の唇へと目がける。自分の乾いた唇と、鼎の妙にしっとりとした唇が触れ合わさり、全身に得も言われぬ快楽が波打った。初めての甘い衝撃だった。 そんな誘惑に年若い実虎が抗えるはずもなく、さらに鼎の唇に食らい付いた。方法なども知らず、ただひたすら吸い付いた。獣がするような口付けであろう。 「は……ッ、実虎……」 鼎のひやりとする指先で頬をなぞられ、実虎は少しだけ唇を離した。目元をほんの少しだけ染めた鼎が、薄く笑みながら口を開き舌を覗かせる。その意味を実虎は知らなかったが、実虎の体は知っていたようだった。 誘われるがまま舌を出して舌先を触れ合わせれば、鼎の舌が実虎のを自身の咥内へとさらに誘う。誘われたその中は溶けるように熱く、生々しいまでに鼎の味がした。 さらりとした唾液をまとう鼎の舌に絡み付かれて、ぞくりと下肢に響くような快感が身を走る。翻弄される感覚。耽溺していく気配。だがそれだけでは物足りないと、自分の中の獣が叫んだ。 仕返しとばかりに鼎の舌に絡み付き、舌の裏を舐め上げる。加減など解らない。とにかくその舌を追い掛けて、隅々まで舌先でなぞると、彼は唇を震わせた。その唇から漏れ出る吐息が、どこか甘さを帯びている。 「ん、は……ぁ……」 なんて反応の仕方をするのだろうと、実虎は己の欲情に身震いした。実虎の拙い舌使いにも甘やかな反応を示す鼎の様子に、興奮を禁じえない。鼎の性格ならば一笑に伏してもよさそうなものを、彼は逆に陥落していく。 固く閉じていた目を薄く開けて伺い見れば、鼎は悩ましげにひそめた眉の下、長い睫毛の奥に涙を溜めていた。震える睫毛が目蓋とともに持ち上がり、潤むアイスブルーと視線がかち合う。揺らいでいる眼差しに込められていたのは、見たこともない愛情。 実虎は思わず身を離した。体中が鼓動に合わせて脈を打つ。発熱する全身に目が回りそうになる中、どうにか揺らがずにいる視界で鼎はきょとんとしていた。 「社長……何で……」 呟く実虎に、鼎は訝しげに首を傾げる。その鮮やかな色の眼や形のいい唇は、先の深い口付けの名残で潤んでいた。 「何で、拒まないんですか……」 今更のようなことを問う。驚愕とそれ以上の荒々しい感情を抑えて、実虎は鼎を見た。問われた鼎は皮肉ぶった笑顔になり、肩に残された実虎の手に手を重ねる。冷たい手は、実虎を震わせるのには十分だった。 「それを今聞くのは、野暮ってもんだろ」 いっそ妖艶とも言える笑み。伸びてくる手に引き寄せられ、再び唇が重ね合わせられるのを、実虎は拒否できなかった。むしろそこには己から食らい付いた節さえある。鼎から得た強烈な快楽に抵抗できるほど、実虎は強くも老成してもいなかった。 嫌い、だが愛しい。相対する感情を同時に抱く矛盾に心乱されながらも、実虎はその相手の唇を貪る。舌を絡ませ、指先を絡ませ、繋いだ絆でさえも絡ませるように口付けを繰り返した。 貴方は誘惑の人 |