薄雲の張った空の下の通学路を帰る。隣には想い人。早まる鼓動とは裏腹に、心はやけに静まっていた。好きな人がいるのに不思議なことだと、田沼は自分のことながら笑いそうになる。 「曇ってると寒さも一入だな」 「そうだな」 夏目と他愛もない会話をぽつぽつと続けながら、田沼はいつしか薄れてしまった想いを思い出した。横目で微笑む夏目の顔を見ながら、溜め息にもならない息を吐く。それは外気温に冷やされて、白く煙った。夏目の息も白かった。 最初の内こそ、初恋の新鮮さに翻弄されてはいたものの、気付けばその初々しさは自分の中から消えていた。理由は何だっただろうか。記憶を探ろうとして、その影が視界の遠く前方に映る。感嘆の声が、心中であがった。 「名取さん……」 夏目が名前を呟く。その声には隠しきれない愛しさが宿っていて、田沼はとても羨ましく思った。今の自分には到底出せない声色だ。 田沼が身の内の恋情を薄れさせたのは、夏目が名取という男を好いていると知ってからだ。それまでは純粋に、この恋の波に揺られるのを楽しんだり苦しんだりしていた。少なからず恋することの幸せを感じていた。 名取の存在を知ってからは、ひたすら恋情を忘れようと努めた。相思相愛の姿を見てからは、夏目への想いが夢での出来事のように感じるようになった。夢の名残を抱いているかのように、夏目を見るようになった。 人知れず散った初恋を、田沼は冬の吐息のごとくに感じた。 「行ってこい」 隣にいる自分に遠慮するかのように戸惑っていた夏目の背中を押す。押された彼はよろめくように半歩前に出てから、伺うように振り向いた。不安げな夏目に、田沼はそっと微笑む。 「いや、行って、帰ってこなくていい。おれのことは気にしなくていいから」 田沼の言葉にしばらく躊躇した夏目だったが、頷いて小走りに駆け出した。 「悪い、ありがとう!」 手を振る夏目に、田沼も手を振り返す。彼が前を向くのと同時に、自分も体を反転させて通学路から逸れた。一人の帰り道は慣れていて寂しくなかったが、虚しさが冷たい空気と一緒に寄り添った。 無意識に吐いた息はやはり白く煙り、音もなく空に消えていく。もう一度息を吐いては、白くなったところを掴んでみたが、掴めるはずなどない。初恋は終わったのだと実感して、久々に胸が苦しくなった。 今まで泣かなかった分、今日くらいは少し泣こうかと、熱くなってきた目元を手のひらで覆った。 白く煙った恋心 風に消える“さよなら” |