もちろん、クリスマスケーキを作ろうと言い出したのはオズの方だ。料理などしたことはなかったが、レシピを正確に追えば何も難しいことはあるまいと思っていた。
 だが実際に蓋を開けてみれば、どうだろう。まず道具の使い方に引っ掛かり、ところどころの業界用語に躓く。レシピに書かれた所要時間の二倍をかけても終わりの見えない状況に、オズは音を上げた。

「何コレ!料理ってこんな難しいものなのかよ?!」

「知らねぇで誘ったのかよ、この馬鹿!」

 誘いに渋々ながら乗ってくれたエリオットが、ホイップクリームを泡立てながら返す。泡立て器の出す音には苛立ちがふんだんに含まれていて、彼もまた嫌気がさしていることを表していた。

「えぇ、えぇ、知りませんでしたよ、知りませんでしたとも。悪かったね、何にも知らないお馬鹿さんで」

「誰もそこまで言ってねぇだろ。勝手に卑屈になってんじゃねぇ」

「言った。馬鹿って言った。物凄く馬鹿にしてた」

「そういう意味の馬鹿じゃねぇ!だああ!もういいから手を動かせ、手を!」

 がっしゃがっしゃと不必要なほどに荒々しく泡立てる、エリオット。何だかんだ言いながらも真面目に調理に取り掛かる彼の頬にホイップがついていて、オズはふんと鼻を鳴らした。

「ほっぺ、クリームついてる」

「あ?」

 不機嫌をそのままに振り向いたエリオットの顎を捉え、頬に付いたホイップを舐めとる。彼お手製のそれは程よい甘さを舌の上に広げ、素直に美味しいと思った。
 離れてから見たエリオットの顔は、その引きつらせた頬に朱を差していた。羞恥に見開かれた眼は直ぐ様吊り上がり、オズは本能的に危険を察知する。

「貴ッ様ぁ!!」

「うわあッ!!」

 本能のままに後ろに下がったオズの目の前を、エリオットの拳が風を切る。その空振りに安堵するのも束の間、反対側の手で胸倉を掴み上げられた。

「貴様いい加減にしろ!毎度毎度そうやって恥ずかしげもなくふざけたことをやりやがって!」

「何言ってんの?エリオットが隙だらけなのが悪いのに、責任転嫁なんて格好悪ー」

「んだとぉ?!」

「あれ?エリオットくんは何を怒ってるのかな?もしかして図星だった?」

「……ブッ殺す!!」

 振り上げられた拳を、無理矢理にかわす。その隙に胸倉の手を弾いて、するりと横へ逃げた。まさかそれで諦めるはずのないエリオットは、すぐさまオズの背を追い掛けた。

「待て、この恥知らずめ!」

「待てといわれて待つ奴なんていないよ!」

 所狭しとおいかけっこを繰り広げる、オズとエリオット。オズは逃げる側だが、捕まるか捕まらないかの距離で追い掛けてくるエリオットに、つい笑みが零れた。おとなしく料理などするより、こちらのほうが自分たちらしくていい。
 互いの息が切れて体力がなくなるまで、二人のおいかけっこは続いた。そして作りかけのケーキにまた辟易するのは、別のお話。





追えよ逃げろよ、
それこそ僕ら

喧嘩するほど仲がいいということだ。






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