「田沼!トリックオアトリート!」

 突然の北本の発言に、田沼は眼を丸くした。手のひらを見せながらの横文字に、果たして何という意味だったかを思い出そうとする。
 今朝見たカレンダーに写された写真は、いかにもと言った風情の薄と満月。その上には十月神無月の文字。十月末には、日本では若干マイナー気味なイベントがあることを記憶している。

「……あぁ、ハロウィーンか」

「そう!だから夏目たちより一足先に、トリックオアトリート!」

 満面の笑みで手を伸ばしてくる北本に、田沼は曖昧な声を発した。試しに胸ポケットやズボンのポケットを探るが、無いものは無い。あげる菓子がなければ、その言葉通り悪戯を受けるしかないわけで、田沼はどうしたものかと目尻を下げた。

「あー、えーと、家になら……」

「持ってないんだな?」

「いや、その……」

「今、持ってないんだな?」

「……はい」

 詰め寄られ、素直に頷いた。元より菓子など持ち歩かないものだから、知っているであろう北本はずるいのではないか。そう思いつつ、悪戯が如何なるものかを考えて、緊張にも似た感覚を覚える。

「んじゃ、悪戯決定だな」

 仕方がないな、と思い顔を上げると、文字通り目と鼻の先まで近づいた北本の顔が視界に一杯にあった。そのまま唇を柔らかいもので塞がれる。刹那に身体も思考も止まった。
 瞬き二回分くらいの速さで離れたそれが、口付けであることに気付いたのにそれほど時間は掛からなかった。おかしくなるんじゃないかというくらい一気に顔へ熱が集まって、思わず両手で口元を覆う。

「……へへッ」

 北本は気恥ずかしそうに笑みながら、人差し指で頬を掻いていた。ほんのりと赤く染まったその頬は、彼をいつもとは違うような人間に見せる。田沼はさらに熱を上げた。

「で、コレがおれからのトリート」

「え……?」

 突き出された拳に手のひらを広げると、ばらばらと飴が降ってきた。色とりどり、包装もさまざまなそれらで、手のひらを一杯にさせられる。

「これで夏目たちからの悪戯は免れるな」

 飴分けたのは秘密な、と笑う北本に、田沼も同じく笑うことで了承の意を示した。触れた唇の柔らかさに覚えたくすぐったい思いで笑ったことは、自分だけの秘密だ。






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