「ときどき、夏目を羨ましく思うよ」

 おれの母さんは、おれが小学生の時に死んだ。病弱だったけど、とても優しくて温かい、大好きだった母さん。
 母さんの死んだ理由は、実は今でもよく解ってない。突然の高熱で心臓発作を起こしたとか医者が言っていったが、やたらと“多分”とか“もしかしたら”を使うから、幼心に母さんが謎の死を迎えたことが何となく解った。そしてもう二度と優しく笑ってくれること、柔らかく抱き締めてくれることもないないのだと解って、三日三晩泣き明かした。
 母さんは、妖が見えていた気がする。そして何となくだが、おれと同じように妖の毒気に弱かったんじゃないかと思う。母さんが生きていた頃は、熱を出したりすることが少なかった。きっと母さんはおれの身代わりになって、死んだんだ。おれが、悪いんだ。

「お隣さんからカステラをいただいたの。田沼くん、食べられるかしら?」

 夏目の家に遊びに来て、母さんのことを思い出した。穏やかに微笑む藤原さんが、少しだけ母さんとダブったせいだ。

「あ、はい。いただきます」

「ふふふ……」

「……あの、何か?」

「あぁ、ごめんなさいね。貴志くんがお友達を連れてきたことが嬉しくて……」

 我が子を思って幸せそうに笑うという母親らしい姿が、おれの中の無理矢理忘れた“思い”を浮き上がらせた。藤原さんは全然関係ないのに。なぜ今、このタイミングで。

「これからも仲良くしてあげてね」

「……はい」

 おれは藤原さんに気付かれないように、ぐっと奥歯を噛んだ。力んでないと、溢れだしそうだった。懐かしい思い、恋しい気持ち、今だに癒えない哀しみ、誰にも言えない悲しみ。
 母さんに、会いたいんだ。名前を呼んでほしいんだ。優しく微笑んでほしいんだ。柔らかく抱き締めてほしいんだ。母さんに、母さんに……
 耐えきれずぼろぼろと零れだした涙を、慌てて拭った。でも止められなくて、拭いきれなくて、夏目に見つかってしまった。一人で勝手に泣きだしているおれに、夏目は慌てふためいている。夏目は悪くない。言いたかったけど、声が震えて言えなかった。

「た、田沼……?」

「な、でもな……ッ。ごめ……っく……ぅ」

 ひたすら首を振った。とにかく首を振った。何でもないよ、夏目。いきなり泣きだしてごめん。おれが悪いんだ。全部、おれが。

「かえ、たい……ッ。かあさ……!」

 夏目に抱き締められたまま、おれは駄々をこねる子供のようにわがままを言った。
 帰りたいよ、母さん。あの頃に、あの腕の中に。





母、恋し






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