ガキの頃から幻聴をよく聞いた。原因は不明だ。一時はノイローゼにもなりかけたが、ある日イヤホンで音楽を聴いていると、幻聴が聞こえなくなることに気付いた。その理由もやはり不明だが、姿なき声を聞いてるよりマシだ。それ以来、携帯音楽プレーヤーは俺の必需品となっている。
 お陰様で音楽の、しかもロックの虜になって、アマチュアバンドにまで参加する始末。ギターの派手な音が大好きだ。聞いてると全てが紛れる。嫌なことも幻聴も忘れて、ただただ聞き入る。幻聴なんかなくても、今の俺にはもうロックは手放せないパートナーだ。
 まぁ、それはいいとして。大学の短い冬休みを利用して、俺は里帰りをしていた。実家は相変わらず何もないド田舎で、都会暮らしに慣れきった俺にはとてつもなく不便な生活を強いられている。家にはPCもないから、詰まらないことこの上ない。
 幸い、街には小さなライブハウスがあったりもして、ギターをかじる人間として、これほど恰好な遊び場所はない。ほぼ毎日のように、バスに小一時間揺られながら、箱に通う日々。
 それで終わると思っていたこの冬。それだけで済ましてくれない奴が、俺の前に現れた。

「こんにちは」

 こいつだ。
 お誂え向きの学ランで、俺に嬉しそうに話しかけてくる、田沼要。隣地区の寺のガキらしい。この辺で高校と言ったら一つしかないから、俺の母校に通ってるんだろう。興味はない、けどこいつは俺に興味があるらしく、ばっちり目が合ってしまったのが全ての始まりだ。

「……おう」

 俺も俺で、どういうわけかこいつの話に乗ってしまい、オトモダチみたいな付き合いをしている。野暮ったそうな見た目と、年寄りくさい言動は、どう見たって俺とそりが合わなさそう。けれどこいつはどういうわけか俺を絆す空気を持っていて、俺はそれに抗えないでいる。

「今日もライブに行ってたんですか?」

 学校帰りか、見飽きた学ラン姿で田沼が隣に座る。俺はプレーヤーを止め、田沼のほうのイヤホンを外しながら答えた。

「まーな」

「すごいですね。毎日あんなに大変そうなのやってるなんて」

 何か会話に齟齬を感じる。そしてこの勘は当たるから嫌だ。

「……別に。大変でもないけど」

「そうなんですか?テレビでもみんなすごい疲れてるみたいなんですけど」

 尊敬、なのか何なのか。興味津々な目で問われるのに、俺はやっぱりなと口を閉ざした。アマチュアバンドと、俺は確かにこいつに告げたはずだが、どうやらよく解ってないらしい。テレビに映されるようなものとは訳が違うのに、詳しくないこいつにはどれも同じに見えるのだろう。

「……言っとくけど、テレビでやってるようなバンドとは全然違うから。狭い会場で少人数相手なんだから、あそこまで疲れたりしない」

「あ、そうなんですか……」

 こうやって、これまでに幾度となく感覚の食い違いにぶつかった。こいつは何も知らない田舎の子供、俺は都会に染まってスレた男。馬が合うはずなんてない。本当ならこんな話にならないヤツ、即行シカトしてる。
 でも本当にどういうわけか、目が離せないわけで。

「……ま、ひとつべんきょーになったんじゃん?」

 しょぼくれてるこいつに手を差し伸べてしまう俺だった。
 はい!なんて嬉しそうに笑うのに、思わず笑みが零れる。こいつの素直さは嫌いじゃない。むしろ可愛いとも思わなくもなくて、何考えてんだろうなと自分で自分に呆れた。





君の声という新しい歌を聞く日々






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