※泣き上戸名取と、ニャンコ先生と田沼の晩酌。





 晩酌をしろと押しかけてきた猫に、田沼は了承して、つまみを買いに行った。その先で名取と出会い、猫との晩酌に誘ってみたら快く頷いてくれて、今に至る。ほんの少しだけ賑やかになった晩酌を、田沼はほろ酔いで楽しんでいた。
 猫は胡坐をかいた田沼の膝の上を我が物顔で占領し、猫の手で器用に酒瓶を煽る。先からハイペースで飲んでいるのだが、それでもほろ酔い加減でつまみを催促してくる。最近判明した猫の酒豪には、もう慣れた
 それよりも今驚くべきなのは、名取だ。自宅への帰り際に、彼は酒はあまり得意な方ではないのだと苦笑していた。その手には缶チューハイが二本ほどあって、さすがに酔うに足りるのだろうかと思ったのだが、その考えは改めざるを得ないようだ。

「……っ、ふ、ぅ……」

 すすり泣く声に、さすがの猫も開いた口が塞がらない。彼の高名な名取周一が、演技でもないのに泣いているのだから仕方がない。しかもドラマのような男らしい泣き方ではない。背を丸めて泣く姿は、子供のようにか弱かった。

「こやつ泣き上戸だったのか」

「はは、おれも笑い上戸だと思ってたんだけど」

「普段は胡散臭い笑みを振りまいてるくせにな」

「うぅ……。酒を飲むと、些細な、ことでも、涙が出てきて……」

 イケメン俳優が涙で顔をぐしゃぐしゃにして、途切れ途切れにものを喋る姿など、そうそう見られるものではないだろう。だからと言って冷やかすこともない。田沼はただティッシュを差し出した。
 ありがとう、と受け取った名取は、ティッシュで顔を拭うも、まだぐずぐずしている。猫はそうそうに興味を失って、酒瓶を煽った。

「たぬまー、刺身!」

「はいはい」

 スーパーで買った半額の刺身に、山葵を乗せて醤油をつけて、猫の口へ。ぱくりと頬張った猫に、そういえば猫には本当は魚ってよくないんだよな、と思いつつ放置。こんな成りでも大妖怪らしいから、関係ないだろう。
 田沼もコップを傾ける。猫につられて、焼酎を覚えてしまってからは、生一本は無理でもソーダで割って飲むのが定着してしまった。まだ老成していない田沼には、これくらいが丁度いい。
 飲むと、ソーダの刺激の後にアルコールがじんと染みる。その感覚が心地よくて、思わず零れる吐息。ついでに膝の上の猫の毛も、撫でていて気持ちがいい。

「これ、おいしい……」

 ふと零された呟きに、田沼は名取を見遣った。晩酌を始める前に作った惣菜だが、名取のお気に召したようだ。

「本当ですか?口に合ってよかった」

 微笑みかけると、涙が落ち着いた名取は、それでもまだ潤む目で微笑み返す。ふにゃり、といった擬音が似合いそうなそれは、元が良いせいか中々可愛らしく見えた。

「田沼君はすごいね。私なんて、この年にもなってまだ独り身で、料理の一つもできやしない……」

 アルコールのせいで自虐的になっている名取は、一時は収まった感情をまた溢れさせようとしている。田沼は苦笑して、彼の肩を優しく叩いた。

「男なんて普通そんなものですよ。おれは仕方なく覚えたんです」

「なら尚更偉いじゃないか。成人したばかりなのに」

 ほろりと涙を零す名取に、今は何を言っても無駄だなと悟る。田沼は仕方なく、その背中をさすった。

「酔っぱらいには何しても無駄だぞ、たぬま。そんな奴より私にキムチを寄越せ!」

「もう、ポン太。猫に刺激物はよくないんだぞ?」

「私を猫扱いするなと言っておるだろう、阿呆!」

「ははは、知ってる」

 言われた通りに、キムチを取っては猫の口元にやる。猫はぶつくさ言いながらも、お目当てのものを美味しそうに食べた。
 そうしている内に、名取はテーブルに突っ伏して寝てしまっていた。ちょうど缶チューハイを二本と、田沼が少しだけでもと勧めたソーダ割りの焼酎一杯を開けたところだ。彼は自分の加減をよく解ってるようだ。

「ふん。そんなジュースみたいな奴で、よくもここまで酔えるものだな」

「まぁまぁ、疲れてもいるんだよ」

 一旦、猫を膝から降ろした田沼は、名取をそっと畳に寝せると、押し入れから掛け布団を取り出して彼にかけてやる。名取は一連の動作に目を覚ますことなく、そのまま眠り続けた。
 猫を膝に乗せ、晩酌再開。夜は静かに更けていく。






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