見慣れてしまった屋敷、見慣れてしまった廊下、見慣れてしまった道筋。名取は的場の屋敷を訪れては、彼の人の元を訪れた。慣れた手つきで障子を開くと、的場がまるで病を患っているかのような姿で、布団の上に坐していた。

「……どうしかたんですか?」

 思わず問うと、いつも通りの顔色と表情で的場は名取を迎えた。

「足を怪我しただけですよ」

「足を?折れたんですか」

「まさか。足の裏を少し切っただけです」

 的場は淡々と告げる。彼の人柄から言ってそれは嘘ではないのだろうが、それにしてもと傍らに腰を下ろしながら彼を見つめた。

「でも大怪我だったんでしょう?」

「とんでもない。本当に些細な切り傷ですよ。ただ出血が少々ひどかったので、若い者たちが大げさにしているのです」

 ほら、と的場は布団を捲り、足を晒した。白い足に、白い包帯が巻かれている。確かに大したことのなさそうなそれに、名取は曖昧な相槌を打った。彼の足の病的なまでの白さが、ただ名取の眼を奪った。
 手を伸ばし、その足を手に取る。少しだけ持ち上げては、身を屈めてつま先に唇を寄せた。布団の中にいたせいか、やけに温かい。

「なッ、何をするんです?!」

 びくりとしながら足を引っ込めた的場を、名取は淡々と見つめた。

「傷口って、思わず舐めてしまったりしません?」

「だから他人の足をも舐めるのですか。馬鹿も休み休み言いなさい」

 呆れも甚だしいとばかりに、大げさに溜め息を吐かれる。言い分はもっともだが、普段は隠れている場所を無防備に晒すほうも悪いのではないかと、名取は人知れず思った。
 引込められた足は、まだ名取の見える位置にある。この状況でまだそんな余裕がるのかと、返ってこちらが呆れて溜め息を吐きたくなった。

「だったらちゃんと仕舞ってくださいよ、と」

 案の定、簡単に捉えられた足は細い。今度は遠慮なく持ち上げ、足の指の腹をべろりと舐め上げた。
 驚きに言葉を失っていた的場は、名取の舌に息を詰まらせる。肩を竦ませた彼の、僅かな動揺を見せたか黒い瞳に、少しの加虐心が芽生えた。
 包帯のほうへ唇を寄せると、微かにつんと消毒のにおいがした。疑っていたわけではないが、確かにこの包帯の下には傷があるようだ。名取は口を大きく開けると、傷があるであろう場所に歯を宛がい、少し強めに噛んだ。

「い……ッ」

 痛みに顔をしかめた的場が、呻くように声を上げる。次の瞬間、射抜くような鋭さで睨んできたのに、名取は小さく笑んだ。

「済みません。痛かったですか?」

 我ながら白々しい問いだ。的場は当然だと言わんばかりに身を捩って名取の手を振り切り、今度こそ早々に足を布団の中に仕舞いこんだ。

「文字通り傷を抉るようなことをして、何がしたいんですか」

「痛がる的場さんも可愛いなと思いまして」

「……貴方に加虐趣味があったとは知りませんでした」

「まさか。でも、そうですね。貴方なら何でもいい」

 三文芝居の陳腐さで吐いた台詞は、思った以上に自分の心情に近かった。信じられないとでも言いたげな的場の眼差しも、嫌いではないから困る。加虐趣味か被虐趣味かの話ではないのだ。

「そんな顔しないでくださいよ。まぁ、そんな眼差しも悪くないですが」

「何なんですか、貴方。本当におかしな人だ」

「貴方なら何でもいいんです」

「二回も言わなくて結構です」

 諦めたように緩く首を振った的場に、名取は小さく笑みを零した。






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