「花火を見ようって言ったのに、どうしてあなたの別邸になんて来なきゃならないんですか」 質素ではあるものの、やたらと広い敷地に建てられた屋敷は、豪邸の名をほしいままにしている。珍しく人も妖もいない室内はしんと静まり、二人の息遣いだけがひっそりと耳に届いた。 「ですから、花火を見るのではありませんか。ここからよく見えるんですよ」 的場に花火を見ようと誘ったのは、ほんの数日前だ。勇気を振り絞って声をかけてみれば、容易に承諾を得られて肩透かしを食らったのをよく覚えている。あの緊張は何だったのかと言いたくなったのを、ぐっと飲み込んだものだ。 そうして穴場があるんですよと連れてこられたのが、この的場のいくつあるとも知れない別邸の一つだ。二階へと通され、がらんとした八畳間に招かれる。どこか楽しげに笑う的場が障子を開けると、窓一面の星空が夏目を迎えた。 「わ……すごい」 思わず感嘆の言葉を呟いた。窓から下方を覗けば、やや離れた場所に川が一筋見える。あの川は、今夜の花火が撃たれる川だ。どうやらこの屋敷は、その対岸の山の中腹に建てられているようだった。確かに穴場だ。 小さな笑い声につられて的場を見やると、彼は穏やかに微笑んでいた。 「気に入っていただけたようで」 そこに響く、重く弾ける音。はっとして外を見ると、夜空に色鮮やかな火花が散った。一瞬だけ辺りを明るく染める花火を、間近で見ているような近さに、夏目は息を飲む。こんな風景は初めてだった。 ぱっと花開いては、その傍からぱらぱらと散っていく花火。色めき立つ夜空を、食い入るように見つめる。瞬間の鮮烈さ、潔い果敢無さが、花火の人を引き付ける魅力なのだろうと思う。 ふと傍らで動く気配がして隣を見ると、的場が窓の桟に腰かけていた。藍染の浴衣をまとった彼が、花火に照らされて宵闇に浮かび上がる。暗がりでも解る色白さが、一瞬の光に一層白むのを、夏目は半ば放心して見つめた。 「花火なんて久々に見ましたね。どうです、夏目君。良い眺めでしょう?」 不意に振り向いてくる的場に、夏目は慌てて花火のほうを見上げた。その横顔に見とれていたとは、悟られたくなかった。 「え、えぇ、そうですね。こんなに間近に見られるなんて思いませんでした」 取り繕うように言うと、何を思ったか的場がくつくつと笑う。単純に夏目の言葉を嬉しく思ったのか、はたまた夏目の気持ちを知っての笑みなのか。どうか前者であってほしいと思うが、嫌なところで敏い的場にはきっと通じないのだろう。 「どうせこの屋敷には、私たち以外、誰もいませんから」 その後に続く言葉を、的場が言うことはなかった。だがどこかへ誘うように緩く首を傾げた彼に、夏目は生唾を飲み込む。閃光に浮かぶ白い肌、闇夜に溶け込めぬほど艶やかな黒髪、妖艶な微笑。花火の打ち上げられる爆音も掻き消えるほどの、艶やかな雰囲気に飲まれた。 花火を見に来たというのに、何と言うことだろう。自分の失態を恨めしく思いつつも、的場への欲求には抗えず。堪らず畳に押し倒した痩躯に、夏目はただ食らいついた。 |