艶やかな黒髪が目の前を流れ、田沼は思わずそれに手を伸ばした。

「どうかしました?」

 するりと指の間を髪がすり抜ける感触とともに、低い声が田沼に問いかけてくる。はっとした田沼は慌てて手を引っ込め、目線を持ち上げ的場を見た。

「す、済みません。無意識で……」

「別に構いませんけど。珍しいですね、君から触れてくるなんて」

 穏やかに笑う的場に、田沼は恥らって顔を俯かせた。「触れたければ、どうぞ遠慮なく」と付け足されれば、もう頬に熱が集まってしまう。彼に甘やかされるのは、どうしてかいつだって気恥ずかしい。
 恐る恐る再び目線を上げれば、的場はもう田沼を見てはいなかった。それが無関心ではなく、田沼の羞恥を理解してのことだと解るから、困ってしまう。その優しさに甘えたくなってしまって、いつか離れられなくなってしまうんじゃないかと思う。
 もう一度触れる。指に絡めてはそっと口元に寄せて、切に願った。こちらを向く背にゆるりと身を預け、目を閉じる。





指に絡めた黒髪の、その長い一筋に願いを込めた
(傍に居て、傍に居て、傍に居て)






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