日々は嫌なもので溢れていた。絶望ばかりの毎日を、ただ生きるためだけに耐える。それを何故だと問い掛ける気力すら失せる。今日も明日も、そうして年月を過ごしていくのだろう。
 特異な体質故に殊更打ち拉がれる夏目は、ふと昔を思い出した。少なからず夢を持って踏み入れた大人の世界に裏切られ、それでも選んだ道だと諦めにも似た思いを抱きながらの生活。その忙殺されそうな毎日に、過去を振り返ることさえ忘れていた。
 高校時代に出会った大切な優しい彼らは、今どうしているだろう。あの頃は不安も恐怖もたくさんあったが、それ以上に幸せで楽しかった。戻りたいと思ったが、戻れないことは誰でも知っている。懐かしむことしかできない、寂しい追憶。
 思わず乗り込んだ電車を乗り継ぎ、バスに揺られ、辿り着いた町。かつて住んでいた、最も幸せをくれた場所。懐かしさに苛んでしまうかと思ったが、予想は裏切られた。

(ここも、変わったな……)

 かつて自然に溢れていた町は、そこはかとなく都会の様相を呈していた。中心都市ほどではないが、ぽつぽつと見えるビルディング。車の数も増えている気がする。少子高齢化といえど、人は増えていくのか。
 帰ってくるんじゃなかったと後悔を抱きつつも、夏目は足を踏みだす。行く当てなどないのに歩きだしてしまうのは、何故だろう。懐かしいものを探したって、きっと幾何もないだろうに。この町は変わってしまったというのに。

「あの、夏目……?」

 不意に名を呼ばれ、誰だと振り向く。見慣れない服装、だがひどく懐かしい眼差しに、夏目は一瞬息を詰めた。

「た、ぬま……?」

 ぎこちなく名を呼ぶと、田沼は安堵したように表情を綻ばせた。あどけなさをなくした顔立ちは、それでもかつてと変わらない笑顔で、胸が締め付けられる。懐かしさ、優しさ、愛しさ。たくさんの暖かな気持ちが、思い出したように湧いてきた。

「久しぶりだな。元気でやってるか?」

 すっかり大人になった田沼が、昔と変わらぬ距離でもって話し掛けてくる。あの優しく穏やかな笑みで、さり気なく心配してくれる。欲しかったもの、無意識に探していたものが、ここにある。
 田沼からの問いに、笑顔で答えたかった。だが込み上げてくるものに耐えかね、うまく笑うことができず。田沼はそれでも優しく、それ以上は何も問わずに、そっと背中を撫でてくれた。

「おかえり、夏目」

「……うん」

 吹き抜ける風、さらさらと鳴く梢。気付けばかつて通っていた静かな通学路で、広がる緑のただ中で田沼と二人きり。ただいまと答える代わりに、彼の肩にそっと頭を乗せた。





帰る場所
「つらくなったら、いつでも帰っておいで」とささやく君の笑顔こそが、この心の帰る場所。






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