学園の生徒会長であるエリオットは、とやかく東奔西走している。生真面目で妥協を許さないその性格では、疲労も尋常ではないはず。特別に保健室のベッドを貸すから休め、と言ったところで、彼は迷う間もなく否と叫んだ。 閑散とした保健室内。生徒が元気な証拠として喜ばしいことだが、如何せん暇だ。思わずポケットから煙草を取り出し、ジッポで火を点ける。胸いっぱいに煙を吸い、一息に吐き出したところで、ふと影が差した。 「学園内は禁煙だ、不良保健医め」 さっと煙草を取り上げ、花瓶の水で火を消す。エリオットが鋭い眼差しで見下ろしていた。 「エ、リオット……」 「ちゃんと処分しろよ」 水分を含んで使い物にならなくなった煙草を返し、エリオットが続ける。いつもの白い学制服を脱ぎ、シャツにカーディガンを羽織る彼の姿は、ギルバートの眼に新鮮に映った。 「お前、どうしたんだ」 健康優良極まりなく、休息を拒んでまで働くことを是としてきたエリオットが、どうしたことか。特に具合が悪そうでもない彼に問うと、彼は居心地悪そうに目線を泳がせた。 「……べ、別にお前に言われたからじゃない。ちょっと肩凝りがひどいから、休みにきただけだ」 ベッドを借りるぞ、と背を向けたエリオット。先の提案は少なからず彼の心に響いたようだ。何だか嬉しくなって、つい笑みを零す。 ベッド間を仕切るカーテンを閉めるために、エリオットが横になったベッド側まで寄った。そうしてカーテンに手をやりながらエリオットを見ると、どこか不安げな彼の目と目が合う。いつになく弱気そうな顔に、ギルバートは眼を瞬かせた。 「どうかしたか?」 「い、いや、何でもない」 フイ、と顔を背けたエリオットに、ギルバートは少し思案した。何でもないなどとあからさまな嘘に、ここは保健医の出番かとカーテンを閉める。簡易ながら二人きりとなった空間に、ギルバートは声を潜ませた。 「何か悩みがあるなら聞くぞ。そのための保健医だからな」 個人的にも気になるものがある、とは言えなかった。 エリオットは迷うように口を堅くつぐんでいた。おざなりにかけられたシーツを弄んでいる。生徒会長として、あるいは普通の少年として、よほど人に言えない深い悩みがあるのか。 ベッドの縁に腰掛け、エリオットの顔をそっと覗いた。前髪を指先でそっと払い、相手の神経を逆撫でぬよう静かに問い掛ける。 「誰にも言わないから、大丈夫だ。言ってみろ。言うだけでも楽になるぞ?」 普段からエリオットを気に掛けてはいたギルバートなだけに、演技などは何一ついらなかった。本心からの言葉に、さすがのエリオットも揺らがぬはずはなく、どこか縋るような目線を躊躇いがちに寄越してくる。不謹慎ながら、その眼差しには喜びを禁じえなかった。 「実は……、よく悪い夢を見て、眠れないんだ……」 「悪い夢?」 「あぁ。それで、気付いたら眠ること自体が怖くなって……」 ふとベッドに置いた手に、エリオットの手が重ねられる。恐る恐ると言った力加減で手を握られ、彼を見れば気の毒なほど顔を赤くしていて、握り返してやろうか迷うくらいだった。 「だから……、ね、寝付くまで、手を……」 そこまで言ったところで、エリオットの羞恥が限界に達したのか、全てを翻してシーツに潜り込んでしまった。 「お、おい、エリオット?」 「ううううるさい!もういいから出てけ!」 「いや、でもお前、眠れないって……」 「もう寝れる!」 プライドが高いエリオットのことだ。悪夢を見るから眠れないなどと告白できたこと自体、奇跡的なものだろう。これ以上、彼が心を開くことは、今の時点では無理であろうことは確か。 エリオットの不安を取り除くためのあと一押しを、どうしたら得られるものか。頭をフルスロットルで回転させて、苦肉の策を導きだした。 「て、手を繋ぐと、寝付きが早まるらしい、ぞ……。何でも早いほうが、いいだろ……」 だから手を繋ごうと、見え透いた嘘をかかげて手を差し出す。エリオットが嘘に乗るかは運任せだったが、幸いにも彼は騙されたふりをしてくれるらしい。シーツからそっと手が伸びてきた。 「い、一秒でも、時間は惜しいからな。繋ぎたいからじゃないぞ。オレには時間がないんだ」 言い訳をぼそぼそと述べつつも、手を握ってくるエリオット。まだ些か頼りないその手を握り返し、ギルバートは彼に聞こえないよう安堵の息を吐く。これで彼が束の間でも穏やかな眠りに就ければと、シーツから覗く跳ねた髪を見ながら思った。 ‐‐‐‐‐ ツンデレの模索に失敗その2。 保健医がブレイクからギルに代わったのは、ブレイクが休みでギルが代理に回ったからだよ、という言い訳。 |