関わりがないといえば、ない存在ではあったように思う。バルマ家に仕えるものとして、パンドラの構成員として、そのどちらにも属さない人間と関わることなど少ない。だがそれは、平穏な日々が約束された上での勘違いなのかもしれないと、レイムは今初めて思った。 突如として現れた、かのナイトレイ家の嫡子。あまり関わりがない上に年下とは言えど、相手は自分より位の高い人間。恐れ多さに、自室とも言える己の執務室にいながら、非常に肩身が狭い。 何より彼は、再び影を見せはじめた“首狩り”のために、屋敷にて保護されてしかるべき存在。“首狩り”の情報を得たいから匿えと言われ、強く拒否することもできず、彼を探すパンドラと彼との板挟み。胃が悲鳴を上げそうだ。 「おい、レイム」 「は、はいぃッ!」 そんな彼、エリオットに名を呼ばれ、レイムは飛び上がるがごとく返事をした。板挟みによる緊張と不安に、前後不覚になりそうだった。 「そんなに驚くことはないだろ……」 レイムの返事の仕方に驚いたエリオットが、やや困惑気味に言う。誰のせいだと思わないこともないが、そこは厳禁だ。 「エリオットがすぐに睨むからだよ」 「なッ、睨んでねぇ!」 「ホラ、それ」 従者のリーオに人差し指で眉間を強く刺され、エリオットは痛みに額を覆って呻いた。見た目にも痛そうだったそれに、レイムも言葉を無くして口を引き結ぶ。容赦のない従者だ。場を楽しんでいるようですらある。 やがて痛みが引いたらしいエリオットが、やや涙目でレイムを見上げた。思わず身を強張らせると、先に言われた言葉を気にしてか、少し眉尻を下げる。何だかんだ言いつつも、素直な少年なのだと知れた。 「いや、その……オズ、に連絡は……」 「あぁ、それなら今、手紙を先方に送りました。もちろんエリオット様の御名は伏せてあります」 「そうか」 安堵したように椅子の背もたれに背を預け、じっと手元を見やるエリオット。自身の兄たちを殺した“首狩り”の情報を知りたいと、護衛の目を掻い潜って押し掛けてきたその心には、まだ細い背には重すぎる復讐心が滾っているのだろうか。レイムには知る由もないことだが。 その執着は復讐でなければいいと思う。彼にはその淵へ落ちていってほしくない。気高くも綺麗なその心のままでいてほしい。突然降って湧いた情に、強くそう思わされる。 「エリオット様」 寄越される真っ直ぐな眼差し。まだ無垢なその瞳に、そんな本心など言えるはずもなく。誰かに吐露しようにも、身分の違いすぎる少年に抱く感情でもないために、言えようがない。ましてや彼がここにいることは、誰にも悟られてはならない。 「いえ……。そろそろオズ様がいらっしゃる頃かと思われます」 そうか、と手持ち無沙汰に本を開くエリオット。そのやや思い詰めたような横顔。こんな彼に、この自分が言えることなど何もない。何一つ言えない。 『言えない』 |