どこか薄暗い廊下を、ただ黙々と進む。小脇には真新しい紙袋。その中には古書店で購入した古い本。 たった一人の主人オズを救うべく、養子となって入り込んだナイトレイ。どこか排他的なそこで歓迎など受けるはずもなく、ただひたすら早く自立すべく種々の勉学に励んだ日々。 ナイトレイには義兄たちがいて、実の弟もいる。だが血の繋がらない彼ら、記憶になかったその血縁者は、決して心を許せるものではなかった。実弟には慕われているようだが、歓喜など湧かない。自分を嫌う義兄たちなど、尚更疎ましいだけ。 だが例外がいた。ナイトレイ直系の末子、エリオットだ。屋敷内で最も幼い彼は、それ故に無知で物怖じなどしない。だからこそ純粋な眼差しを真っ直ぐに向けてくれる彼は、ギルバートがナイトレイで見出だした唯一の温もりだった。 「エリオット」 明るい光の射す元、ソファに寝そべり本を読み耽るエリオットを、背もたれから覗き込む。読書の邪魔をされた彼は眉を寄せつつも、目線をギルバートへと向けた。 「何だよ」 刺のある言い方だが、他の義兄たちの嫌味のあるそれではない。他愛なく交わせられる悪意のない会話に、ギルバートは束の間の安息を得る。 「これ、立ち寄った古書店にあったのを買ってきた」 紙袋を差し出すと、エリオットは不思議そうな顔をして受け取った。身を起こし、読んでいた本を閉じて、紙袋の封を開ける。ギルバートは逸る心を抑えつけた。 「……これって」 取り出された古めかしいハードカバーの本に、エリオットは興奮気味に呟いた。慌ててこちらを見上げるその蒼い瞳は目映いほどに輝いて、ギルバートは歓喜に口元を緩めた。 「欲しがってただろ。絶版したからって諦めてたようだが、あるところにはあるもんだな」 ぽん、とエリオットの頭を軽く叩く。彼は探しあぐねいていたものを目の当たりにした感動で、言葉が出ないようだ。思わず笑みを零し、そのまま踵を返す。彼に喜んでもらえたのなら、それだけでいい。 これから夢中になって、渡した本を読むのだろう。邪魔にならぬよう、そっとしておこう。そう思い、部屋を静かに出ようとした。 「ギルバート!」 不意に呼び止められ、振り向く。立ち上がりかけたエリオットが、真っ直ぐにギルバートを見ていた。 「あ、ありがとな」 本を持ち上げながら、照れ臭そうに感謝の言葉を述べる。純粋な本心からのそれに勝る喜びなどなく、ギルバートはただ微笑みかけた。 片手をあげて別れの言葉とし、部屋を出る。途端に薄暗くなる周囲。陰湿な空気。だがギルバートは晴れやかな気分で廊下を歩きだす。今までもこれからも、エリオットがいるならば、平気だ。変わらぬ蒼い眼差しが、そこにあるならば。 ある日の回顧録 |