朝からどことなく顔色の悪かった田沼だが、案の定、帰宅の際に体を傾がせた。自分よりもほんの僅かに大きい彼を、上手く抱き留められたのは奇跡に近しい。 とはいえお世辞にも逞しいとは言えない体は細く、以外と簡単にも腕の中に納まった。緊張と興奮に心臓が高鳴る。夏目は生唾を飲み込んだ。 「田沼、大丈夫か」 黒髪に陰る田沼の顔を覗き込むと、彼は青い顔をして目を閉じていた。眩暈が納まらないらしい。 「すまん、夏目……。大丈夫……」 吐息のような声でそう答えるが、とてもその言葉を信じられそうにない。しばらく休ませたほうがよさそうだ。 強がる田沼を腕の中に抱き込んだまま、夏目は辺りを見回した。ベンチのような便利なものはないが、丁度よく涼しげな木陰がある。妖の姿もなさそうだ。 「田沼、あそこで少し休もう。帰りなんだから、急ぐ必要もないだろ?」 場所を指差しながら問うと、田沼は申し訳なさそうな目をしながら小さく頷く。夏目は了承を得ると、彼に肩を貸しながら木陰へと向かった。 木陰に入ると、途端に涼しげな風が吹き抜けた。夏に差し掛かった今の時期には、とても助かる涼しさだ。夏目はほっと安堵の息を吐く。 木の根本にそっと降ろした田沼は、汗一つかかずにぐったりとしている。顔色からしても熱中症の類ではない。また少しずつどこからから妖の毒気に当てられては、ここで限界がきたのだろう。 せめて毒気の抵抗力だけでも、彼に分け与えることができたら良いのに。願いながら田沼の額に掛かる前髪を払うと、彼は閉じていた目をふと開けた。 「夏目……」 「うん?」 「……ありがとう」 気怠げな黒い目が、優しく細められる。ゆらりと煌めくその瞳の美しさに、夏目は目を奪われた。テレビで見るどんな宝石よりも、遥かに綺麗だ。 夏目は首を振って答えた。気にするなと言外に告げ、額に手のひらを当てる。熱はない。田沼の緩やかな体温だけが、そこにある。再び目を閉じた彼の表情のように、穏やかに。 ある夏の帰り路 |