あの堅物のエリオットが、恋を覚えたようだ。それは風の噂でも誰かのデマでもなく、リーオ自身が感じた小さな違和感だった。信じられなかったが、間違いではないだろう。
 そんなささやかな違和感は、いつから気になりはじめたものだったか。とんと記憶にない。つい最近のようにも思えるし、ずっと前からあったようにも思える。だが確実なのは、それは現在進行形であるということだ。

「ねぇ」

 ソファにだらしなく横たわるエリオットの顔を、リーオはその背もたれの上から覗いた。

「好きな人でもできた?」

 その一言が引き金だったかのように、エリオットが勢い良く身を起こす。寸でのところで額同士の衝突を避けたリーオは、少しずれた眼鏡を元の位置に掛け直した。
 改めてみるエリオットは後頭部しか見えなかったが、耳が真っ赤になっているのはよく見えた。これは図星だなと、長年の経験なくとも解る様にそっと目を伏せる。不思議と少し複雑な気分になった。

「な、何でそんなことを、聞く」

 動揺も顕に問い返してくるエリオット。いつもなら見なくても解る表情が、今回ばかりは想像できない。恋するエリオットなど、これまでに見たことがなかったからだ。

「解りやすい君が、僕に隠し事ができるとでも思ってたの?」

 振り向いたエリオットの頬が、見たこともない鮮やかさで色付いていた。恋情を湛える瞳の光も、困惑に震える唇も、まるで見たことのない彼の様子。エリオットはこんな人間だっただろうか。裏切りにも似た衝撃が、リーオの心中に波紋を起こす。
 エリオットのことを恋愛の対象として見たことはない。きっとこれからもそうだろう。だがこれはあまりにも酷いのではないだろうか。人の人格すら変えかねない恋の恐ろしさ。これほどまでに身に染みたことはない。

「……ふぅん、図星かぁ」

 何でもない風を装って返せば、エリオットはいつものように眼を吊り上げた。その所作に安堵するなんて、皮肉にも程がある。

「てめぇ、カマかけたのか?!」

「言い掛かりは止めてよ。気付いてたのは本当だよ」

 やれやれと呟いて背を向ければ、エリオットがそれ以上声を荒げることはなかった。何やら言いたげな気配はさせていたが、結局諦めたようだ。リーオは内心安堵する。今のエリオット以上に混乱していることを、悟られたくなかった。
 長らく傍で見てきたエリオットの変容に、自分のキャパシティーが追い付いてない。笑ってからかうなり応援なりすればいいものを、どういうわけかできないでいる。色恋沙汰とは無縁のようだったエリオットに表れた新たな一面は、未知の世界に入り込んだに等しい変化だった。

「リーオ?」

 渦巻く不安に気付かれたのか、エリオットが静かに名を呼ぶ。リーオはどうしようかとゆっくり振り向いた。

「……君が恋だなんて、天変地異でもくるかなと思ったら、本当にきそうで不安になったよ」

 そうやってまぜっ返す言葉しか出てこなかった。肝心なときのボキャブラリーのなさが悔やまれる。
 何も知らないエリオットが再び眼を吊り上げるのを横目に笑い、リーオは新たな本でも探すふりをしてその場を離れた。これ以上は見ていられない。彼の恋に色めき立つ姿。早くも恋を知らなかった彼が恋しいだなんて、誰にも言えやしない。本人には尚更だ。





君が僕の知らない君に変わっていく
今までと違う君との接し方が、解らない。






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