生者が死者に変わる瞬間の、優しい絶望感を忘れることができない。限りなく冷えた腕(かいな)に抱かれたような感覚の記憶は、夢を蝕み安眠を妨げる。忘レルナという自らの叫びに目覚め、頬を撫でるのはいつも、冷たい汗。

「エリオット、汗が酷いよ」

 咆哮か、慟哭か。自らの金切り声に起こされ視界を開けば、リーオがタオルを片手に傍らに座していた。一見して何事もない現実に安堵しては、虚無と同種の倦怠感に襲われる。繰り返されるそれらは、あの時の絶望が残した置土産なのか。

「……どっちの夢か、聞いてもいい?」

「……兄たちの、夢だ」

「そう……」

 浅く息を吐くと、額に張りついた前髪をリーオにそっと払われる。触れた指先の温もりに失って久しい体温を思い出し、思わず目をすがめた。優しい記憶は痛みを呼ぶだけだが、忘れられない。忘れたくない。
 気付けば温もりを求めて、リーオに手を伸ばしていた。縋るように掴んだ腕は温かい。生きている証拠。傍らに在るのが生者で嬉しい。死者ばかりの夢が現実ではないのが、何より安堵する。
 さりとて、かつての手のひらはもう戻ってこない。頭を撫でる優しさ、頬に触れる温もりは、もはや何処にもない。名を呼ぶ甘やかな声も、注がれる愛しげな眼差しも、全てがあの絶望に奪われた。

「なぁ、リーオ……。死ぬなよ」

「……寝呆けてるみたいだから、目覚ましに水でも持ってくるよ」

 そっと肩を叩いたまま、リーオは寝室を出ていく。今、自分が置かれている現実には、まだ優しさと温もりが残っているようだ。守るものがあるのならば、自分はまだ矜持を握り締めて力強く立っていられる。
 結局、誰かに縋って生きている自分を、痛みと哀しみの内にのた打つばかりの自分を、どこかで嘲笑いながら見ているのだろうか。愛しい全てを奪った“首狩り”、絶望を与え給うた影。同じものを返すまでは、許しはしない。
 けれども焦がれる温もりは、戻ってきはしない。






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