「大将!ルーファス=バルマ大将ッ!」

 名を叫びながら、焦燥も顕に駆け込んでくる青年を、ルーファス=バルマと呼ばれた男は一瞥した。その燃え立つような深紅の長髪を、大降りの扇で仰ぐ。

「なんじゃ、騒々しい」

 机の上に広がる書類を気怠げに眺めるルーファスの目の前に、息も絶え絶えな青年が手元の書類を突き出した。眼鏡の奥のやや神経質そうな眼が、驚愕の色を湛えている。

「これは……本当なのですか?!」

 これ、というのは手にしている書類だろう。ルーファスは詰まらなそうな返事をしてから、突き出された書類を弾く。

「我は知らぬ。他の奴らが決めたことじゃ。我は一切口を出しておらぬぞ」

「そういう意味ではなく!いくら何でも早すぎではありませんか!」

「我に言ってものぅ」

 知らんぷりを決め込むルーファスに、青年はがくりと肩を落とした。おもむろに眼鏡を外しては、ポケットから取り出したハンカチでレンズを研く。顔色からストレスの色が色濃く表れていた。

「無駄な期待をかけておるのだろう。総合的な能力は他の同年代よりも高いようだしのぅ」

「それだけのことで……!」

「本部の荒波に揉まれれば、それだけ早く成長するだろう。奴らの望みはそれだ。上層部の闇に芽を摘み取られなければ、の話だがなぁ」

 ルーファスはひらりと扇を広げた。その影で不敵に笑む。目の前の青年は隠した笑みに気付き、深い溜め息を吐いた。



 初めて目の当たりにする軍本部の広さに圧倒されつつも、エリオットは堂々とした足取りで廊下を進む。恐れるものは何もない。ただ本部の人間だけが着る正装だけが、少しだけ息苦しかった。
 一年ほどの兵としての訓練をこなしたのち、異例の出世で瞬く間に兵卒し、下士官を通り越して准士官まで上り詰めた。名指しで選ばれたときは掛け値なしに嬉しかったが、今思えば少々の気味悪さを覚える。確かに成績は悪くないと記憶しているが、ただの兵から士官の座までに行くほどだろうか。
 だが与えられた階級に添うかどうかは、これからの自分次第だ。准尉という称号に相応しい言動を、見せてやればいい。エリオットは意気込んで、足を進める。
 まずは直上の尉官に属する方々への挨拶だ。第一印象はどのような場面でも大事なもの。粗相のないようにと深呼吸を繰り返し、落ち着いたところに気合いを入れる。程よい緊張感だけが、エリオットを奮い立たせた。

「失礼します」

 二回のノックの後に一声発し、入室する。お辞儀をしようと顔を上げた瞬間、不覚にも頭が真っ白になった。

「エリオット……!」

「な……!」

 義兄であるギルバートは、酷く心配した面持ちでそこにいた。ばたばたと駆け寄ってくる長身を見ながら、そういえば尉官にはギルバートがいたことを思い出す。

「何で辞退しなかったんだ、エリオット!お前にはまだ早いだろう?!あ、いや、お前の能力を認めてないわけじゃないんだが……」

 何やかんやと母親のように口煩いギルバートに、エリオットは羞恥心を募らせた。心配性を隠しもしない義兄の後ろには、他の尉官と思われる面々も揃っている。第一印象が肝心だと思っていた矢先のこの状態に、黙っていられるはずがない。

「き……っさまぁ!仮にも兄ならば、黙って弟の顔を立てられないのかぁああああ!!」

「え?……あ、あぁ!す、済まない!つい心配で……!」

「煩い、黙れ、そこに直れ!今すぐ叩っ斬ってやる!」

「ははは!まぁまぁ落ち着いて、弟くん」

 憤怒の形相で腰に提げた剣を掴むエリオットを、何者かが宥める。見やれば金の長い髪を三つ編みにした男が、どこかで見たことのある顔をして立っている。思わず怒りを収めて、その男を見つめた。

「おま……、貴方は?」

「畏まらなくていいよ。私はジャック=ベザリウス。君のお兄さんと親しくさせてもらっているよ」

 人好きしそうな笑顔を浮かべるジャックに、エリオットはある人物を思い出す。よく似ていると思った。

「じゃぁ、お前がオズの兄だな?」

「おや?オズを知ってるのかい?」

「あぁ。レベイユの兵学校にいたときに知り合ってな」

 そうして学校にいた当時の様々な記憶が甦り、思わず顔が引きつる。同級生だったオズは、それはもうエリオットは対極の天敵のような男だった。

「なら話は早いね。兄弟ともどもよろしく頼むよ」

 眩しいほどの笑顔で手を差し出してくるジャックに、半ば圧倒されるような気持ちで手を取る。おざなりではない握手の仕方に好感は持ったものの、この男も苦手な部類に入りそうだなとエリオットは密かに思った。

「エリオット。一応言っておくが、ジャックは少佐。オレたち尉官よりも一つ上の階級の人間だからな」

 ギルバートの横からの囁きに、エリオットは固まる。数秒の沈黙の後、つい大声を上げて驚いてしまったが、ジャックは楽しそうに笑い声を上げただけで怒ることはなかった。






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