今、流行りのボーカロイドの一つであるエリオットがベザリウス家に来てから、早くも一ヵ月が経とうとしていた。気性の荒い性格の機種であるせいか、最初は色々と警戒されたが、今ではすっかり馴染んでいる。もはや隠せなくなったツンデレ具合が可愛いことだと、ジャックは思った。
 ようやく出来上がった処女作をエリオットに教えていると、玄関から妙に覇気のない声が響いた。弟のオズが学校から帰ってきたようだが、何やら落ち込んでいるようだ。フラリとリビングに現した姿は、見事な猫背になっていた。

「……おかえり、オズ」

「ただいま……」

 学生服のままソファに座り、がっくりと肩を落とす。まるで演技のような落ち込みっぷりに、ジャックはかける言葉を失ってしまった。

「どうかしたのか?アイツ」

 オズの落ち込んだ姿を見たことがないエリオットは、不思議そうにソファの弟を見ていた。

「うーん、なんか凹んでるみたいだね」

「へこんでる?」

「落ち込んでるって言ったほうが解りやすいかな?」

 言葉を変えて説明してやると、エリオットが何かを思いついた顔をした。

「そういうときは頬を食ってやるといい」

「……は?」

「だから、頬を食うんだよ!落ち込んだ男には効くんだ」

 自信満々に言うエリオットだが、ジャックは訳が解らず首を傾げた。少なくとも自分たちが住まう地域にはそんな風習はないし、初期化された状態で流通するボーカロイドにもないだろう。誰かに吹き込まれた可能性が高い。

「……それ、誰から教わったんだい?」

「この前リーオが見せてくれた本に描かれていた」

 どうやらエリオットの勘違いのようだ。安堵するような、可愛らしいような、どうしたらいいのやら、複雑な気持ちにジャックは反応を鈍らせた。
 つまりは頬にキスすることを指しているのだろう。リーオの持ってきた本がロマンスだったのか否かは知らないが、そんな挿し絵があったに違いない。唇を押し当てるだけのはずなのに、食っていると勘違いする彼の想像力は変に素晴らしい。
 果たして頬を食ってどうなることやら。間違いは後で訂正するとして、ジャックはエリオットに微笑みかけた。

「なら是非ともそれでオズを元気にさせてほしいな」

「おう。お安い御用だ」

 こくりと頷いたエリオットが、オズの元に向かおうとする。その時になって、ジャックはカメラの用意を忘れたミスを密かに悔やんだ。
 遠慮なくオズの隣に腰掛けるエリオット。その衝撃に緩やかに顔を上げたオズの頬を目がけて、エリオットがその歯を容赦なく立てた。目を閉じるところまで再現してくれエリオットが、ひどく可愛らしい。それに茫然となっているオズがまた秀逸。

「は?な、ぇえ?!」

 消沈一変驚愕に身を強張らせたオズに、エリオットは口を離した。歯形がついた頬を手のひらで覆うオズの顔は赤い。それを立ち直ったと解釈したエリオットは、嬉しそうに笑った。

「元気になったか?」

「へッ?え?」

「ほら見ろ、マスター!元気になったぞ!」

 混乱して返事のできないオズなど余所に、エリオットは自身の考えが間違っていなかったことを喜んで、それをジャックに報告する。そんな無邪気な様子の彼も、うぶな反応を見せる弟にも、愛しい感情が込み上げて、ジャックは駆け寄っては二人の体を自らの腕の中に閉じ込めた。





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10巻のアリスを引きずりすぎた結果。今度は食いおった。






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