自分が二人いる、という状況はいつの時代も異常だと捉えられる。もう一人の自分をドッペルゲンガーなどと呼び、死を意味するものとして扱われるが、これもそれなのだろうか。エリオットは鏡ではない目の前の自分を見ながら、眉を寄せた。

「自分が二人いるという状況は、初めてだな」

 自分ではないエリオットが呟いた。口調のみならず声まで同じなようで、誰かの扮装という線はかき消された。

「それはこちらの台詞だ」

「だろうな。お前はオレだ。そして、オレはお前だ」

 意味不明な言葉だ。だがそれがしっくりきてしまうのだから、今の状況はよほど異常なのだろう。しかし恐怖や違和感などといったものは、何故か湧いてこなかった。自分ではない自分がいることを、すんなりと受け入れてしまっている自分がいた。
 しかし何故、本来ならば一人だけのはずの自分が二人もいるのだろうか。エリオットは目の前の自分から少し目を反らして考えた。殆ど同じ、だが何かしら違いがあるから存在している、そうとしか考えられない。

「何故、一人であるはずの自分がもう一人いるのか、考えてるだろう?」

 憶測ではない、断言した物言いに、エリオットは思わず自分と目を合わせた。だが考えてみれば、おかしいことではないのだ。自分なのだから。

「そうだ。同じではあるが、違いがあるからこそ別個のものとして存在している。1から9.9は同じでも、弾かれた0.1は全くの別物……」

 淀みなく語られる思考は、自分のそれと寸分の狂いもなかった。だが言葉尻にふと覚えた違和感が、やけに胸に引っ掛かった。
 かつ、と足音を立てて、近づいてくる自分ではない自分。同じ顔、同じ色の瞳に見つめられて、変な昂揚を覚える。自分は他人をこのように見ているのかと思うと、胸を締め付けられるものがあった。

「その0.1は、何なんだ」

「……オレが知ってるとでも言いたそうだな」

「知ってるような口振りじゃねぇか」

「今にお前も解るだろ。お前はオレ、オレはお前だからな」

 同じ高さにある顔が近づいてきて、瞬く間に唇を奪われた。深くはない、だが可愛らしいそれでもない長い口付けに、エリオットはこの自分との違いを見出だす。言葉にすることが難しいほどに些細な違いは、奇妙な興奮を熱とともにもたらした。
 相手の背に腕を回して強く抱き寄せれば、触れ合わせている唇が僅かに震える。それをきっかけに相手から体を掻き抱かれ、角度を変えた口付けを施され、唇が甘い痺れが響いた。
 やがて唇が離れ、絡み合う視線。情欲に染まった相手の顔はまるで鏡を見ているようで、あまりの滑稽さにどちらからともなく笑みが零れた。






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