空腹の吸血鬼らしきものを拾った。まだ大人になりきれない少年の姿だが、その手の魔物なのだと彼は言う。口を開くたびに慎ましやかに見え隠れする牙だけが、何となくジャックを納得させた。 名はエリオットというらしい。黒衣を頑なにまとい、硬質的な色合いの髪を鈍く輝かせる様には、どことなく威厳が漂う。やはり吸血鬼は吸血鬼なのか、爛々と輝く瞳はどこにでもあるような蒼なのに、異質なものを感じた。 「そういえば、吸わないのかい?」 ふと湧いた疑問を口にすると、エリオットは何を言ってるんだといわんばかりの顔をした。 「吸血鬼なのだろう?」 「同性のなんて吸うかよ。男は女のを、女は男のしか吸わねぇんだ。自分に無いものや足りないものを補うためにな。そうやってオレたちは長い年月を生きられる体を維持してきたんだ」 なるほど、とジャックは思った。博識な人間ならばいざ知らず、当事者から聞く話というものは説得力がある。 しかしながら目の前の吸血鬼は、彼は何も言わないが、見た目に違わず年を経てないに違いない。手練ならば、いくら空腹とは言えど通りすがりの人間などに易々捕らえられるはずがない。彼自身もその点を恥じているらしく、先程から居心地の悪そうにこちらを見ている。 ティーカップを持つ指先や、血の気の薄い顔に浮き出た色付く唇から、途方も無い色気が放たれているのに、可愛いことだ。ジャックはアンバランスなエリオットに、同じくアンバランスな感情を抱いた。優しい思いと荒々しい思いとが、心中でぐちゃぐちゃに混ざる。 「君は本当に可愛いね」 思いのままに呟くと、真っ白だった頬が一気に薔薇色に染まった。 「な……ッ!お前、何言って……!」 人間の言葉に容易く精神を乱される魔物が、目の前にいる。それだけでも倒錯的なものがあるのに、エリオットは輪をかけて絶妙なギャップを見せ付けてくる。妖艶な空気をまといながらの清純な少年の反応に、掻き立てられるこの感情は何なのだろう。 思わず上気した頬に手を伸ばすと、エリオットは怯えるように肩を竦ませた。引き結ばれた色付きのいい唇に、理性が突き崩されるのが解る。魔物の持つ何かが、ジャックを欲の淵へと追い込もうとする。 「待て……ッ。嫌だ、待てって!」 胸を押し離そうとするエリオットに、ジャックは彼に迫ろうとする自分に自制をかけた。清純そうな彼が恥じらうにしても、何となく違和感があった。 「どうかしたかい?」 問うとエリオットは言いづらそうに顔を背ける。嫌がるのは単に恥ずかしいだけではなく、何か理由があるようだ。 親指で頬を撫でて促すと、元より吊り上がった目をさらに吊り上げて睨んでくる。だが赤みの一向に引かない頬では威力などなく、ただ可愛らしいだけ。 今だに誘う魔物の血にあらがいながら言葉を待ち続けると、観念したエリオットが眉尻を下げた。 「……嫌、なんだよ。……キスが」 「何故?女性を誘う吸血鬼なら、その辺は専売特許じゃないか」 「そうだが!……そうだが、苦手なんだよ……」 頬を赤らめたまま伏し目がちにする姿が、可愛らしさと妖艶さが相まって酷く倒錯的だ。そろそろ魔物の血の誘惑に耐えるのも限界が近い。本当にこの誘惑は人の中から理性を取り除き、不自然に本能を掻き立てる。 ジャックはエリオットの震える睫毛に誘われるまま、その細い顎を持ち上げて唇を寄せた。口付けが苦手だという彼はやはり抵抗するが、空腹であるために力は弱かった。 薄い唇に自分のそれを押し当てると、華奢な肩がびくりと跳ねた。胸をぐいぐい押されるが、何の抑止力にもならない。掻き立てられる欲とエリオットの唇の柔らかさだけが、ジャックの思考を満たす。 「ん、ゃ……ッ」 そしていとも簡単に開いた口は、舌の侵入を許した。咥内は血の味がするのかと思いきや、そうでもなくさらりとした唾液で潤っている。絡め取った舌は人のそれと変わらない熱を持っていて、よくできたものだと頭の片隅で思った。 別段、自分は口付けが巧いとは思っていない。それにしてもエリオットは早々に力を抜いてしまうから、苦手という言葉通り、相当弱いようだ。背に回したジャックの腕によりようやく身を起こしているような状態にあり、抵抗という抵抗は早くも失われている。 「は、ん……んンッ、ぁ……!」 舌先が常人より鋭い犬歯に触れたとき、エリオットの体がびくりとしなった。まさかと思い重点的にその牙をなぞると、彼は塞がれた口で切なげな声を溢れさせる。どうやら彼にとって牙は、性感を帯びる場所のようだ。 「や、ふぁ……!」 咥内を一舐めしてから離れると、目に一杯涙を溜めたエリオットと視線がかち合った。瞳の輪郭が揺らぐほどのそれは、一回の瞬きに表面張力を失ってぼろりと零れる。潤んだ眼は切なげで、濡れた睫毛は悩ましげだった。 ‐‐‐‐‐ 疲れました。 |