どういうわけか、田沼が幼稚園児くらいの子供になった。しかも記憶まで当時に戻ってしまったらしい。昨日の話だ。彼の父である住職は、自分たちが知る以前から事のあらましを知っているので、それだけは気が楽だった。
 そうして様子を見にやってきた田沼邸。ごめんくださいと門をくぐると、真っ先に現れたのは小さな田沼。

「こ、こんにちは……」

 控えめな声で、だが頭は深々と下げて田沼は出迎えてくれた。昨日は今の彼の記憶にない自分を恐がって住職から離れなかったが、住職の説明や自分の精一杯優しい声掛けにより、幾分かは心を開いてくれた。

「こんにちは。お父さんは?」

「えっと、おしごとで、でかけてます」

 たどたどしく言葉を操る田沼に、夏目は思わず口元が弛んだ。昨日も思ったが、子供の田沼の可愛さは想像以上だ。人見知りはするが、馴れると可愛らしい笑顔を見せてくれる。まるで子犬みたいな愛らしさ。
 こんな弟、ちょっと欲しいなぁ。などと空想に入りかけたとき、服の裾をくいと引っ張られた。下を見ると、田沼が少し緊張した面持ちで夏目を見ている。夏目は彼と目線を合わせるため、その場にしゃがんだ。

「なんだ?」

「あの、えと、きのうはあそんでくれて、ありがとうございました」

 また深々とお辞儀をする田沼に、夏目は驚きに閉口してしまった。きっと住職から言うようにと言われたのだろうが、それにしても良い子すぎる。

「どういたしまして」

 言いながら、柔らかい黒髪を撫でた。田沼は緊張を解いて、嬉しそうに笑う。その表情の一つ一つが素直で純粋で、偽ることを覚えだした自分たちにはない魅力を見せてくれる。
 夏目は立ち上がって、小さな彼に手を差し出した。きょとんとする顔に、優しく微笑む。

「お父さんが来るまで、また遊ぼうか」

 途端に彼は喜びに頬を染めて、そっと手を伸ばす。夏目はその手を取って、手のひらで包み込んだ。本来の年齢の彼相手だったらば、考えられない行為。
 申し訳ないけれども、もうしばらくはこのままで良いかも知れない。夏目は小さな田沼の笑顔を見下ろしながら思った。






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