令嬢たちの場合@

 うららかな日和の、アウスレーゼ王城の大庭園。用意されたテーブルにて招待客が来るのを待つ私グローセスの心は、天気に反して乱れに乱れていました。
 なぜなら。本日は初めての、王子の婚約者達のお茶会なのですから。

 事の発端は、リースリング殿下の一言でした。

「婚約者が揃ったので、顔合わせも兼ねて三人のお茶会を主催してくれませんか」

 言われた瞬間、高級な紅茶の味がどこかへ飛んでいきました。
 確かに、つい先日第三王子のシルヴァン殿下が婚約されて、アウスレーゼの全ての王子殿下がご婚約という運びになりました。それは大変喜ばしいことです。
 ところが、私以外の婚約者の方々はとても簡単に接しられるような立場ではないのです。

 第二王子殿下の婚約者のエーデル様は、『アウスレーゼの赤竜』として、様々な戦場で一騎当千の大活躍をする向かう所敵なしのご令嬢。ご令嬢でありながら『アウスレーゼの獅子』第二王子殿下と常にやり合うほどの猛者。赤竜の名は、その赤い容姿も勿論、返り血を全身に浴びて帰国するからという噂も聞きます。
 第三王子殿下の婚約者のエアステ様は、なんとあのヴュルテンベルク帝国の第一皇女殿下です。婚約発表後、国内が上へ下への大騒ぎになる程に、アウスレーゼと比べられないほど強大な国の身分の高い、世界が違うお方です。まず、普通の生活をしていてお目にかかることはあり得ません。

 このお二方を、私がご招待するなんて!
 意識が飛びそうになってしまったのは仕方がないことでしょう。
 ですが、立場からしてもお茶会を開くのは私が一番適任です。それに殿下からの依頼でしたら、私が断るわけにもいきません。

 そして本日に至ります。
 令嬢にあるまじく、この場から去りたくてうずうずしてしまいます。時間があっという間に去らないかと時計を見ますが、残酷にも針はそろそろ集合時間を指しそうです。
 殿下は仲良くしてくれたら嬉しいと言っておりましたが、仲良くの意味がわからなくなってきました。せめて殿下が側にいてくだされば。
 右の方より、足音が聞こえます。
 汗ばむ背中から意識を逸らして、右に目をやると、エーデル・モーゼル侯爵令嬢がやってきました。
 さっぱりと短く整えられた炎のような赤髪に、意志の強そうな赤銅色の瞳。その身にまとうものは、ドレスではなく、黒味の軍服。確か軍部の上官服だったでしょうか。引き締まったお身体に、文句のつけようがないほど似合っていました。

「やあ、グローセス嬢。今日は呼んでくれてありがとう」

 どん、とかけたエーデル嬢は、足を組み、肘をテーブルに付けます。

「いやあ、服装はお好きなものでっていうのは助かったよ。ドレスは動きづらくて着たくないんだ」

 ぎこちない笑みを返すと、エーデル嬢が、あ、と声を漏らしました。彼女の目線を辿っていくと、左側よりエアステ第一皇女殿下がいらっしゃいます。
 深い海色のドレスを纏った皇女殿下は、輝く金の髪を美しく編み込み、全身から気品があふれています。
 慌てて礼をする為に立ち上がりますが、皇女殿下は手で制し、逆に華麗な一礼を下さいました。

「ラインヘッセン公爵令嬢グローセス様、本日はお招きいただき感謝いたします。ヴュルテンベルクが第一皇女エアステと申します」

 すっと椅子にかけるまでも完璧な淑女で、思わず目を見張ってしまいます。これほどの気品ある方はアウスレーゼにはいないかもしれません。
 ともかく早速三人が揃いました。
 右を見れば、第二王子殿下婚約者のエーデル嬢。左を見れば、第三王子殿下婚約者のエアステ第一皇女殿下。
 私は、第一王子殿下婚約者ではありますが、この存在感が強いお二方に、一体何を話せば良いのでしょう。

「やあ、君が噂の第一皇女だね。初めまして、よろしく」

「ええ、初めまして、エーデル様。私のことはエアステとお呼びになって。帝国でも貴女のお噂はかねがねうかがっておりました。数年前には我が帝国軍部隊の再教育の機会をいただきまして」

「再教育? 帝国軍の部隊は殲滅したけど? 他国より歯ごたえはあったけど、あれは統率がいまいちだったね。そういえば最近の帝国の暗殺者も腕が落ちたね。なんでも毒に頼ればいいってもんじゃないと思うよ」

「まあ、この国にまだ鼠が侵入していますの? 回収させていただきますわ」

 最初から話題が不穏です! 冷や汗が止まりません!
 話題を変えなければ、とふと皇女殿下のドレスに目がいきました。

「あの、皇女殿下。本日のお召し物は殿下の金糸の髪と青の瞳にとてもよくお似合いです。深い海のような青色は、殿下の為に設えたようですね」

 基本的にドレスはオーダーメイドですので、本人に合わせるのは当然です。ただ今回はその色から、違う意味も込めて褒めてみました。
 すると皇女殿下は、恋する乙女のようにほんのり頬を赤らめました。

「ありがとうございます。グローセス様も私のことはエアステとお呼びになって。このドレスは、殿下に作っていただいたものですの」

 やはり。エアステ様がお召しのドレスの海の色は、第三王子殿下の瞳の色です。
 婚約者、または夫婦は相手の瞳の色の服飾を着て、周りに関係性を示す習慣があります。婚約が決まれば、大抵男性から女性に瞳の色のドレスを贈るものですから恐らくそれだろうと思いましたが、正解のようです。
 ちなみに私も殿下より、夜明け色の素敵なドレスをいただきましたが、大切な日に袖を通す心づもりです。

「ああ、相手の目の色のものを着るあれか。うーん、うちの殿下は大地色だから、土色の軍服でもねだってみるかな」

 腕を組んで考え出すエーデル嬢を見ながら、ふと第二王子殿下の眼を思い起こします。
 そういえば私が殿下と婚約した折、第二王子殿下が訪ねてきて、あの獅子のような鋭い眼で、無言で四半刻ほど見つめられたことがありました。
 一体何事かと、まるで窮鼠のように身を縮こませておりましたが、何もなくそのまま退出されました。何か気に食わないことでもと焦ったものです。
 その話をちらりと出せば、エーデル嬢が笑い出しました。

「大丈夫だよ、グローセス嬢。それは殿下が兄の婚約者になったグローセス嬢を見極める為に行ったんだけど、問題なかったって言ってたしね。殿下、話すの下手だからさ、相手の眼を見て観察した方がどんな人か分かるんだよ」

「でも、眉間の皺がとても深くて……」

「それ、喜んでいるんだ」

 え、と漏らすと、左よりくすりと声が聞こえてきました。

「私にも第二王子殿下の訪れがありましたけど、何かおっしゃっていましたか?」

「エアステ様は、睨み返してくる女性に久し振りに出会ったって言ってたかな。油断ならないだろうけど、第三王子殿下なら大丈夫だろうって」

 嬉しそうに微笑むエアステ様は、とてもあの第二王子殿下を睨み返したように見えません。やはり皇女殿下ですから、威厳を示すこともできるのでしょう。
 それにしても先程から、第三王子殿下のお話になると、エアステ様は一人の恋する乙女のようです。余程第三王子殿下がお好きなのですね。

「そういえば、第三王子殿下もいらしてくれました。ご丁寧に殿下がどれだけ有能で良い方か、私をどれだけ大切にしてくれるかを熱心に説いて下さいました。最後には兄をお願いしますとまで、本当にお優しい方ですね」

 星が輝くような華やかな銀髪と、引き込まれるような海色の瞳を持つ第三王子殿下は、どこにおられても一際目立つ容姿をされていることで有名です。よく女性に囲まれている為に少し奔放なところがあるのではと思っていましたが、なんてことはなく、非常に誠実で真摯なお方でした。

「私もあったね、大分昔のことだけど。兄を任せられるのは貴女しかいないとか、見捨てないでくださいって、必死だったよ。兄弟思いの王子だね」

「まあ、そのお話は初耳です」

 エアステ様はとても嬉しそうに、鈴を転がすように笑いました。

「殿下はとても兄想いの方で、よくよく話はうかがっております。婚約者のお二人にしても、仲良くして欲しいと頼まれていますわ。むしろ何か困っているようならば、手を差し伸べてほしいと」

 皇女殿下のお手を借りるなんてとんでもないことです。ですが同じ王子の婚約者という立場なら、大丈夫でしょうか。

「そうだねえ、じゃあ今度の舞踏会や公式の場で、女性らしい立ち回りを教えてもらおうか。昔習ったけど、貴族女性の振る舞いは苦手なんだよ。殿下といると一部避けては通れなくてね」

「私でよければ、お教えいたします。少し、厳しいかもしれませんが?」

 エーデル嬢がニッと笑うと、エアステ様も口角をくっとあげられます。お二人とも含みがある笑みで、側から見るだけでもどちらも恐ろしく感じます。私なら、今すぐ逃げ出してしまいそうです。

「グローセス様は、何かお困りのことはございますか?」

「わ、私ですか?」

 手に取った紅茶を、ソーサーに戻します。先程から緊張感からか喉が渇いて仕方ありません。何杯目だったでしょうか。
 それよりも、困りごと困りごと……。あ、あれがありました。

「ではその、大したことではありませんが、殿下の愛情表現が大きいのです。特に人前でない時が……」

 お二人からの視線を感じて、言葉を切ります。
 エーデル嬢は、呆れたような可哀想なものを見るような目を。エアステ様は口元を扇で隠しているものの、驚きと恐怖が少し混ざった目を向けてきていました。
 あれ、私は何かまずい事を言ってしまったでしょうか。

「いつも腹とは違う笑みを浮かべているあの第一王子殿下が、愛情表現ねえ。大したことないって、か」

「確かに人前でしたらいつも穏やかに微笑んでいらっしゃいますけど、心から笑ったり、驚いたり、最近ではよく拗ねたりしていますよ?」

「まあ、私達は笑みの仮面を被った第一王子殿下しか見たことはありませんわ。余程お好きなのですね」

 エアステ様が溜息をつきながら言った言葉は、つい先程どこかで聞いたような?
 それにしても、そんなに驚くことなのでしょうか。私が逆に驚いてしまいそうです。

「第一王子殿下は、殿下と婚約が決まった初対面から、弟の婚約者は貴女で決定だから義妹として扱うとかなんとか言って、私をあらゆる場所に派遣して使っているんだ。まあ手応えとやり甲斐がある内容だから私はいいんだけどね、もし姫様がいたら戦場に遣るつもりだったなら鬼だなと思う」

 いえ、それは相手を見て仕事を振っているのだと思いますよ。

「鬼、ですね。私も忌憚なく言えば第一王子殿下は苦手です。以前我が帝国があの公爵家を通してこの国に取り入ろうとしていましたが、第一王子殿下はその繋がりを逆に利用して、帝国に手を伸ばしてきていたのです。慌てて手を引かせましたけれど、あのままでしたら帝国の一部が彼の手に落ちていたかと思います」

 まさか国力も領土も遥かに及ばない帝国に手を伸ばすなんて…….殿下ならあり得そうです。
 それにしてもエアステ様が苦手とおっしゃっていますけれど、殿下は何をされたのでしょう。先程から怯えた様子ですが。

「グローセス様、第一王子殿下は悪い方でないのは存じてます。私がこちらに侍女として潜入した際、様々な条件が提示されましたが、そのうちの一つが弟である殿下の気持ちを尊重することでした。無理に迫って、脅迫してはいけないということです」

 ええ、そうですね。
 殿下は誤解されがちですが、弟殿下たちをとても気にかけている方なのを私は知っています。
 第三王子殿下とエアステ様の件も、昔自分が間接的に二人の離してしまったと気に病まれ、お二人が婚約したと分かると、それからしばらくとても機嫌が良かったのですから。

「情がない人じゃないよ。それに王子殿下達は仲が良いからね。誰が王太子になっても変わらないだろうな」

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