「はい、どーぞ」
リビングにきて、言われるがままにテーブルにつくと、目の前には湯気の出た美味しそうなご飯が並べられた。ふと視線を上げれば、一二三はニコニコと笑顔を向けていた。先ほどと違う印象に疑問を持ちながら、おもむろに手を伸ばした。
「いただきます」
スプーンでお粥をすくい、ふーふーと冷ましてから口に運ぶ。口の中に広がる味に少しばかり目を見張って「おいしい……」とつぶやくと、一二三は嬉しそうに「でしょ〜?」と自慢げに言った。
「んで、どーして一人でふらふらしてたの?」
椅子に座っておかゆを食べる神影と視線を合わせるように、一二三は膝に手をついてかがんだ。
「あ、俺っちは伊弉冉一二三ね。ひふみんって呼んでいいよ! んで、こっちはどっぽちん!」名前をまだ行っていないことに気づき、一二三は元気よくそう言って一歩後ろでこちらを見守っていた独歩を指さした。「えっと、観音坂独歩です……」独歩は頬を指でかいて、視線をそらしながら言った。
「君の名前は?」人懐っこい笑顔で一二三は聞く。
「・・・・・・御菩薩池、神影」
作ってくれたお粥を口に運ぶ。
一二三は「んじゃ、神影ちんね」と勝手にあだ名のようなものを付け始めた。
「そんで、神影ちんは一人で何してたの? この前も一人でふらふらしてたでしょ?」
「家出でもしてるのか?」
一二三と独歩は神影の表情をうかがいながら聞いた。
神影は独歩が発した「家出」というワードを幼い子供のように反復する。
「いくら男でもまだ子供なんだし、一人じゃ危ないよ」
一二三は心配するように視線を合わせる。
その背後では、独歩が「男」という言葉にすこし複雑な表情をしていた。
「早く帰ったほうがいいよ?」「ご両親も、心配してると思うし」と子供を論するように告げる一二三や独歩に、神影は食事に視線を落としたまま呟くように言った。
「家なんてないよ」
「え?」
「は?」
二人から素っ頓狂な声がこぼれた。神影は気にしないまま、もくもくと食事を進める。
自分たちが思っていたよりも複雑な事情があるのかもしれない。一二三と独歩は事情を聴いてしまってもいいのかわからず、視線を合わせた。
「それじゃあ、もう帰る」
「え、帰る!?」
「ご飯とお風呂あと服も、ありがとう。今手持ちがないから、今度返しに来る」
「い、いや! そんなのいんねーから! ていうか、熱もあってふらふらなのに帰れるわけね―じゃん!!」
「ごちそうさま」と手を合わせた次の瞬間、「帰る」と発した神影に独歩と一二三はぎょっとする。神影は椅子から立ち上がるが、やはり熱があって足元はおぼつかない。頭もうまく働いて内容で、ぼんやりとしている。
それでも帰ろうとする神影の腕を掴んで、一二三は言いにくそうに口を開閉させたあと、意を決して口を開いた。
「神影ちんさ、『帰る』って言ってもどこに帰るつもり? 『家ない』って言ったじゃん」
「ちょ、一二三! お前・・・・・・!」
「どっぽちん、だってさあ!」
流石にそれは、と思った独歩が一二三を止めにかかるが、一二三の言いたいこともわかる。こんな状態で、しかも家もないと言っておきながら一体どこへと帰るのか。連れ込んできてしまった手前、無責任に放りだすこともできなかった。
「んで、どこに帰るつもりなの?」
冷静に、そして問い詰めるように、一二三はしっかりと神影の目を見て問いかけた。
神影は表情を変えることもなく、事実を淡々と答える。
「どっか」
答えにすらなっていなかった。
帰る家もない。どこへ帰るのかと聞けば、どこか。行く当てがないのは明白だった。
「ダメッ!!! 絶対返さないし、外出さないからね!!」
「お前、言い方ってもんがあるだろ」
「どっぽちん、うっさい! 取り合えず、熱が下がるまでは絶対安静!! 治るまでは此処にいること! 良いね!」
腕を引っ張り、神影の両肩に手を置いて背の低い神影の顔を覗き込んで言う。
神影は目を丸くして瞬きをした。
「どっぽちんも良いね!」
「俺は別に、構わないけど・・・・・・」
「んじゃ、そうと決まれば薬飲んで寝る! 俺っちのベッド使っていいから! ほら、こっちこっち!」
何も答えない神影に有無も言わさず、一二三は肩を押してそそくさと自分の部屋に連れていく。
独歩は一人リビングに残され、一二三の背を見ながらバレてしまわないかという不安を募らせた。