第四話


 最近、モーリーンの周りにギャレスが居ることに気づいた。

 いつ親しくなったのか知らないが、最初に見かけた時は魔法薬学の授業で、同じテーブルで二人は楽しそうに話していた。それを目にしたとき、最初こそは気にしなかった。ただ同じテーブルだから話しているのだろうと思って、特別気に掛けもしない。だが、それ以降彼女を見かけるたびにギャレスがそばにいることに途中で気づいたのだ。

 それに気づいて以降、モーリーンを見つけるといつもギャレスが隣にいるような気がする。休み時間でも二人は何やら楽しそうに話しこんでいるし、魔法薬学の授業ではなおさら二人の距離が近いような気がした。ギャレスは特別誰かと仲がいいわけでは無いし、モーリーンも誰かと一緒に居るところを見たことが無かったから、余計に二人の仲が親密のように感じたのだ。

 僕はその時、何故か怒りと焦燥感に駆られた。心臓がドクンと飛び跳ねて血の気が引くような感覚がして、目の前のことが理解できなくなる。そうしてしばらくして二人が笑い合っているのを見ると、醜い怒りに支配された。

 でも僕は知らぬふりをしてそっと二人から目を逸らした。モーリーンが誰と仲良くしていようが関係ない。それが例え異性であろうと、僕が許嫁であることは変わりない。そう自分に言い聞かせておきながら、今度は焦りと不安に駆られる。今まで遠ざけていたから彼女の心が離れて行ってしまったのではないか。もう僕の事なんて忘れてしまっているんじゃないか。今まで自分でしてきたことを今さら後悔して、僕は焦りだす。

 それでも僕はなにかをしようとはしなかった。ただ二人から目を逸らして、自分の中で湧き上がる不安や焦りにも目を瞑る。そうして湧きだった怒りにも目を逸らした。けれどそれは上手くいかず、僕の視線は今さらモーリーンを追い始める。

 久しぶりに彼女の笑った表情を見る。困ったように眉根を下げて寂しそうにするのではなく、ただただ楽しそうに頬を緩めて目を細めている。昔から僕が好きだった笑顔。でもその笑顔は、僕には向けられていない事実が、どうしても痛かった。






「君、最近ずいぶんとギャレスと仲がいいじゃないか」
「え?」


 校舎でたまたま鉢合わせた彼女に僕はなんの脈柄も無くそう言った。いつもなら知らないふりをして彼女から目を逸らすのに、今日は黙っていられず声を掛けた。それに彼女は驚いて目を見開きながら僕を見てくる。

 見上げてくる彼女に僕はそっと目を細めて見下ろした。すると彼女は見開いた目を戻して、思い出すような素振りをしながら首を振った。


「そんなことないわ」
「へえ……どうだかね」


 否定する彼女に僕は高圧的な態度を取った。そうすればモーリーンは悲しそうな顔をして眉根を下げて俯く。そんな顔をさせているのは僕ただというのに、僕にはあの笑顔を向けないのか、と身勝手に怒りを抱いた。

 すると、気まずい空気の中に軽快な声が響いた。


「やあ、モーリーン!」


 そう言って向こうから手を振って駆け寄ってきたのはギャレスだった。普段なら誰にも興味がないくせにギャレスは珍しく人に声を掛けてくる。そうして僕たちのそばまでやってくると、ギャレスは僕とモーリーンを交代に見つめて、あれ、と首を傾げた。


「あれ、邪魔したかな? ごめんね、でも僕もモーリーンに用があるんだ」


 遠慮して立ち去ることなく、ギャレスははっきりとそう言って僕が居るにもかかわらずモーリーンに向き合う。それが気に障って、僕は思わず眉を顰めた。でもそんなことに気づかない二人は僕の目の前でまた楽しそうに会話を繰り広げる。


「この間作ってた魔法薬があっただろう? それの新しい発見ができたんだ!」
「そうなの? 大発見ね」
「そうだろう! 今日の放課後、さっそく試してみようと思うんだ」
「ふふ、また面白いことが起きそうね」


 この間、とはなんだ。二人でなにかをするほど彼らは親密な仲になったのか。そしてその笑顔はなんだ。僕にはそんなやわらかい笑顔は見せないくせに。いつも誰にも興味ないという顔をしているくせに。

 沸々の怒りが湧き出って僕の感情を支配する。それに侵された僕は、楽し気に会話をする彼らに一歩踏み出て強引に彼女の手首を痛いほど掴んだ。


「っ! りあ……」
「君は僕の許嫁だ! 他の男に媚を売るなんてどういうつもりだ!!」


 そうして怒りのまま、僕は彼女を責め立てた。モーリーンは目が零れ落ちるほど大きく目を見開かせて、訳も分からず僕を見上げてくる。それにまた腹が立って、僕は彼女を強く睨みつける。


「ちょっと、リアンダー。そう怒らないでよ」


 そんな僕にギャレスは軽い調子でそう言った。それにも腹が立って、今度は隣にいるギャレスを睨みつける。


「君も君だ! ギャレス! 彼女が僕の許嫁だと知っているだろう!」
「知ってるけど? 僕は僕の友人と親しくしているだけだし、そこに特別な感情は無いよ」


 誤解しないで、とギャレスは付け足す。でもいつも通りの調子で「ああ、でも彼女とは結構気が合いそうだけどね」と付け加えるから、僕はますます腹を立てることになる。

 彼女と気が合うだって? つい最近知り合ったくらいのくせに。僕は幼い頃から彼女を知っているんだぞ。ギャレスに彼女の何が分かる。

 そう身勝手な悪態を心の中で吐く。自分だって彼女の何を知っているのか分からないのに。


「それより、離してあげたら? 結構痛そうだけど」


 ギャレスはそう言って僕が掴んだ手元を見下ろす。それに気づいてモーリーンを盗み見れば、眉根を下げて痛そうに顔を歪める彼女がいた。それに一瞬怒りを忘れてはっとするが、すぐにそれもまた戻ってしまう。


「っ! ……君には関係ない。来い、モーリーン」
「あ……」


 手首を掴んだまま、早くギャレスの前から立ち去りたくて僕は彼女を引き摺るようにその場を後にした。引っ張られる彼女は僕の歩幅に付いて行けずに転びそうになりながら足を動かしてついて来る。それに気遣ってやる余裕も無くて、僕はただただ人気のない場所へと急いだ。


「リアンダー……」


 背後で不安そうに僕を呼ぶ声が聞こえる。それに僕は足を止めて、彼女を強く睨みつけた。


「君、どういうつもりだ。他の男と親密な関係になるなんて!」
「私、そんなつもりじゃ……」
「ふん、どうだろうね。僕なんかより魔法薬学に秀でたギャレスの方が良かったんだろう」


 そうだ。どうせ特別な才能の無い僕より、魔法薬の神童と呼ばれるギャレスの方がよかったに違いない。モーリーンはなんでもできる優秀な人間だから、僕なんかよりずっとギャレスの方が良かったのだ。だからあんなに親しくなれたに違いない。だって今まで彼女は誰とも関わろうとしなかったのに、突然ギャレスと仲を深めたのだから。

 自分のコンプレックスを良いように解釈して全部彼女のせいにする。全部今更で、遠ざけていた僕が言える台詞ではないのに、僕は身勝手にもそう零した。


「違う……違うわ……」


 そんな僕に、彼女は泣きそうな表情をしながら、違う、と譫言のように呟いた。でも僕は聞く耳を持たなかった。今の僕には彼女がギャレスと仲がいいことの言い訳をしているようにしか聞こえなかったのだ。

 ふん、と掴んでいた腕を突き放してそっぽを向く僕に、彼女は赤くなった手首を摩りながらきゅっと唇を引いた。そうして俯いて、今にも泣き出しそうな声音で言う。


「……これからは、男性の方との距離を慎むわ……」


 自分に責があると認め全部受け止めた彼女に、僕は怒りを納めて冷静になる。怒りに任せて何も悪くないモーリーンを責めていただけなのに、なぜ彼女は受け入れるのだろう。散々彼女を責め立てていながら、今度は彼女に罪悪感を覚える。


「ごめんなさい……それじゃあ……」
「あ……」


 きゅっと眉根を寄せた彼女はそう言って踵を返す。そんなモーリーンに一瞬手を伸ばしたが、触れることも掴むこともできずに、ただ立ち去っていく背中を無様に眺めることしか出来ない。

 違う。本当はこんなことを言いたかったんじゃなくて。そんな表情をさせたいわけでもなくて。彼女はなにも悪くないのに。ただ僕が、僕が……。

 その場に立ち尽くして、伸ばしていた腕を無力に下ろす。そうしてもう消えてしまった背中を思いながら、僕は何もできずにただ後悔の念に襲われながら顔を俯かせることしか出来なかった。




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