第三話


 ホグワーツに入学してから五年も経てば、学校での生活にも慣れて、学校での暮らし方にも安定が出てくる。人と距離を置いた私はずっと一人で居て、暇があれば本を読んで暇をつぶしていた。一人で居るからと言って浮くわけではなく、レイブンクロー寮ではよくある光景だから、私もそのうちの一人なのだときっと周りからは思われているだろう。だから誰も私に声を掛けてこないし、特別な関係になろうとして来ない。一人で居るのは寂しいけれど、私はその状況を好んでいた。


「君、すごい魔法薬を作るのが上手いね」
「え?」


 そんな私に唯一声を掛けてきた人間がいた。 

 魔法薬学の授業で一人で淡々と魔法薬を作っていた時、同じテーブルに居たグリフィンドール寮の生徒が突然私の手元を覗き込みながら言ってきた。それに私は目を丸くして、彼を見やった。


「やあ、僕はギャレス。ギャレス・ウィーズリー」
「初めまして、ギャレス。私はモーリーン・マーシュよ」
「うん、知ってるよ」


 頷いたギャレスは「リアンダーの許嫁でしょ?」と言ってくる。けしてリアンダーと許嫁であることが有名というわけではないが、名前のせいもあって知っている人がいてもおかしくはなかった。だから私は特に驚くこともせず、苦笑を浮かべながら頷いた。

 そんな私をとくに気にした様子も無く、ギャレスは続ける。


「凄い上手に魔法薬を作るから気になってたんだ。新しい魔法薬に興味ない?」
「新しい魔法薬?」


 私は首を傾げた。

 話に聞くと、ギャレスは魔法薬が好きらしく自分で様々な魔法薬を発明しているという。それは決して誰にでもできることでは無く、それができるギャレスはとても魔法薬学に興味があるのだろう。その事実に、私は単純にギャレスに感心した。


「凄いのね、自分で発明するなんて」
「まあ、これでも魔法薬学の神童と呼ばれてるからね」


 恥ずかし気もなく、けれど決して自慢をするわけでも謙遜するわけでも無く、ギャレスは淡々と事実を口にした。きっと彼はそう言う事に興味が無いのだろう、と伺える。

 それからギャレスは今まで自分が作り出してきた魔法薬の話をしてくれたり、次に作ろうとしている薬の話をしてくれたりした。楽しそうに話す彼の話を聞くのは私も楽しくて、久々に人と会話ができたことに私は嬉しくなった。加えて私自身も魔法薬学は好きな教科で、ギャレスの話を聞くのは興味深かった。


「それでどう? 作ってみない?」
「ええ、面白そうね」
「さすが、知識の探求のレイブンクローだね」


 一緒に作ってみないか、と提案するギャレスに、私は頷いた。彼が発明する魔法薬が気になったし、単純に面白そうだと思ったのだ。だから私は彼の誘いに乗った。

 授業では下手なことをするとシャープ先生に怒られてしまうから控えて、放課後に一緒に作ることになった。その約束をして別れた後、私の心はまるで干からびた土地に水を与えられたかのような気分になって、早くその時間が来ないかと楽しみで仕方がなかった。そんなふうに一日を過ごしていればあっという間に放課後がやって来て、私はギャレスとの待ち合わせ場所に向かった。その場所はギャレスがひっそりと魔法薬を作っている場所で、私たちはそこでいろいろな話をしながら新しい物を作り始めた。


「ギャレス、これはどうしたらいいと思う?」
「ああ、それは煮込むと面白い反応をするんだ」
「そうなのね」


 魔法薬の知識を使いながら材料を品定めして、ギャレスに助言を求める。ギャレスはいろんなことを知っていて、ただ教科書を読むだけでは分からない材料の特徴や効果なども知っていて、その話を聞くのは楽しく、私たちは夢中で釜をかき混ぜた。時には爆発して、時には面白い色に変化したりして、この短い時間の中で大発見なことがたくさん起きた。


「ふふ、面白い」


 それに私は思わず笑みを零した。いつもつまらない本ばかりを読んでいた時間とは何もかもが違って、ただ楽しかった。刺激の無い日々に、求めていたそれが与えられたような気分だ。

 そんな私を見て、ギャレスはそっと笑って言った。


「君って結構見たまんまの子だったんだね」
「え?」


 そう言ったギャレスに、私は目を丸くして彼を見つめた。


「いつも一人で何でもこなすから、もっとクールな子だと思ってた」


 ギャレスの言葉に、私は口を閉ざした。

 けしてそんなことはなかった。何でもできる人間なんていない。それができるのは、きっと本当の天才か、努力をした人間だけだ。私はその後者で、けして何でもできるわけではない。苦手なものだってあるし、嫌いなものだってある。でもきっと、私は多くの人にそう思われているのだろう。それもそうだ。私は人と関わろうとしなかったし、いつも一人黙って本に読みふけっていたのだ。そんな印象を持たれても仕方がない。


「そっちの君の方が良いな。普段は気を張ってるみたいだから」


 その言葉に、思わずギャレスを見上げた。するとギャレスはにこりと笑って、釜に視線を落とした。

 自分では気を張っている自覚は無かった。けれどよく考えれば、肩に力が入っていたかもしれない。リアンダーに相応しい淑女として、と幼い頃から頑張っていたから、それが癖になっていたのかもしれない。


「……そう、かしら」


 上手い言葉が見つからず、私はそう口を零した。それにギャレスは、うん、と頷く。


「うん。少なくとも僕はそっちの方が付き合いやすいよ」


 そうしてまたギャレスは愛想良く笑みを浮かべた。

 その言葉に、どこか救われたような自分がいた。けして自分を偽っているとか、そう言う事を思っているわけではない。でも、なんだか嬉しかったのだ。


「ありがとう、ギャレス」
「どういたしまして」


 だから私はギャレスにそう言った。ギャレスはとくに気にすることもなく、ただ受け答えをするように、どういたしまして、と返した。その気軽さがまた心地好かった。

 いつか、リアンダーにもそう思われたいな。そう考えながら、私は釜に視線を下ろした。

- 3 -
|top|
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -