唄声


 最近のセバスチャンは目に見えて疲弊していた。出会った当初からどこか焦燥感に駆られていたが、最近のセバスチャンの焦りは以前にも増し、あまり眠れていないのか、夜遅くまで難しい本を漁っているのか、目の下には隈ができていた。セバスチャンがそんな風になる理由はアンに違いない。きっとアンの容態が悪いのだろう。
今までたくさん助けられた分、自分もセバスチャンの助けになりたいと思うが、残念なことにアンに関しては助けになることが出来ない。それはとても歯痒いが、だからと言って何かができるわけでも無い。だからマーティナは疲れているセバスチャンの手を引いて天文学塔に連れてきた。

天文学塔のある廊下の壁の前に立てば、壁はみるみると扉を浮かび上がらせる。それに驚いて目を丸くしているセバスチャンの手をマーティナは引き、慣れた手つきで扉の中へと入って行った。


「此処は……?」


 突然現れた部屋に半ば強引に連れてこられたセバスチャンは、中に入るなり呆然と部屋の中を見渡してぽつり呟いた。それにマーティナは自慢げに笑う。


「必要の部屋。セバスチャンにだけ、特別に招待してあげる」
「へえ」


 セバスチャンは相槌を打ちながら興味深そうに辺りを見渡す。

 部屋の中にはあらゆるものがたくさんあった。薬草を育てる鉢植えに魔法薬を作るための鍋、壁や床に置かれた多くの素材、扉から向かって目の前にある庭園のような物の入り口や、二階にもある何処かへつなぐ複数の入り口。ホグワーツに五年ほど居たが、セバスチャンは全くこの場所を知らない。必要の部屋≠ニマーティナは言ったが、セバスチャンはそんな部屋の事なんて今まで知らなかったのだ。流石はホグワーツと言ったところか、とセバスチャンは内心で呟く。

 するとマーティナが「こっちだよ、セバスチャン」と呼んできた。それに視線を向けて足先を向ければ、マーティナは扉から向かって左にある像の方へ向かった。像に近づくと、突然そこに佇んでいた像は床に沈み、奥に階段が現れた。そこを辿っていくと寒暖の先には広間のようなものがあって、そこにソファーやテーブルが置かれていた。

 マーティナはその内の広いソファーに腰を下ろす。そうしてマーティナは視線でセバスチャンを呼ぶから、セバスチャンも大人しくそこに座った。

 腰を落ち着かせたところで詳しくこの部屋の事を聞いてみると、この部屋は必要の部屋≠ニ言う名前の通り、その者が必要と思った物ないし場所が現れる部屋らしい。転入生であるマーティナは勉学が贈れ、目立つ彼女は休める場所も無い。それでウィーズリー先生が用意してくれた、と言っていた。

 その話に納得し、セバスチャンはいつの間にかテーブルに現れていた紅茶を一口貰った。そうしてほっと息を吐いたところで、視界の横から白い手が伸びて来た事に気づく。それに引き寄せられるようにセバスチャンは顔を向けた、セバスチャンが完全にそれを捉える前にその手は自分の頬を包み、そっと親指の腹で目元をなぞられていた。


「隈、できてるよ。また夜遅くまで起きてたの?」
「ああ……まあ……」


 自分の頬に触れ目元をなぞる指に驚きながら、至近距離でじっとこちらを見つめてくるマーティナにセバスチャンは一瞬息が止まる。けれどすぐに我に返って、マーティナの言葉に曖昧な相槌をした。


「此処なら誰の邪魔も入らないから、ゆっくり休んでよ」


 ほらほら、とにこにこ笑いながら少し遠くに座りなおしたマーティナが引っ張るように肩を掴んでくる。そのままセバスチャンの身体は呆気なく傾いて、ぽすん、とマーティナの膝の上に頭を倒した。その状況に目を丸くするセバスチャンだが、一方でマーティナは満足そうに笑っている。それを見上げてセバスチャンは、仕方が無いな、とそっと息を吐いた。

 けれど、どうしたって眠れそうにない。眠いのは確かだが、意識がそれを拒んでいると言うか、身体も疲れているというのに全く眠れる気がしなかった。

 ふと、セバスチャンは視線をマーティナに向けた。その視線にマーティナは不思議そうに首を傾げる。


「セバスチャン?」


 そう呼ぶマーティナの声は、静かで、透き通っていて、まさに湖のような、そんな声だった。


「……歌を、うたってくれないか」


 そう呟いたセバスチャンの言葉にマーティナは目を丸くする。

 マーティナは歌が好きだ。それはマーピープルとしての性(さが)なのかもしれない。だからマーティナはよくセバスチャンの前でも歌っていた。そしてマーピープルの歌声には不思議な力が宿る。とは言っても強いものではなく、歌声によって相手を魅了するとか、その効果を用いて精神に少し影響を与えることが出来ることくらいだ。
マーティナは今までその力をセバスチャンに使ってきた事は無い。けれど、セバスチャンにそう言われたとき、この力がセバスチャンの役に立てるのでは、と思ったのだ。


「君の歌、心地が好いんだ」


 そう続けるセバスチャンに、マーティナはそっと微笑んで、息を吸い込む。そうして息を吐き出すのと同時に、美しい歌声を静かに響かせた。その歌声にマーティナはマーピープル特有のその力をのせて、セバスチャンを眠りに誘った。

 歌声に耳を澄ませるセバスチャンの瞼は徐々に重くなり、しばらくすると瞼は静かに閉じられる。そうして少し待てばセバスチャンから穏やかな寝息が聞こえて来て、ようやくセバスチャンは眠りについた。

 マーティナは歌をうたうことを止め、寝息を立てるセバスチャンの頭をそっと撫でる。


「おやすみ、セバスチャン」


 そうして少しでもセバスチャンの心が休まることを祈って、マーティナはそっと瞼を下ろした。











































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