牽制


 何の前触れもなくそれは落とされた。まるで水面に滴が落ちた時のような静けさで、波紋のようにその声は広がって行った。


「マーティナ」
 その声に転入生――マーティナは目を丸くした。名前を呼んだセバスチャンはいつもの様子で、そこには揶揄うような笑みもなにもなく、ただ単純に名前を呼んだだけだった。だからおかしなことはなにひとつない。だがマーティナは普段呼ばれない名前をセバスチャンに呼ばれたことに、酷く動揺しまた心をかき乱した。


「な、なんで……」
「なんでって……自分のガールフレンドの名前を呼ぶのはおかしいか?」
「ガ……っ!?」


 けろりと答えるセバスチャンとは反対に、マーティナはぎょっと目を見張って顔を真っ赤に染めた。そして今自分たちが居る場所が賑わう朝の談話室であったことを思い出して急いで辺りを見渡した。すると生徒たちは今の発言を聞いていたのか、ちらちらとこちらを窺っていてひそひそと話し出す。その様子にマーティナはますます焦りだす。


「そうか、おめでとう、セバスチャン」
「ああ、ありがとう、オミニス」


 すぐそばにいたオミニスは驚く様子もなくそう言って祝福してくる。そんなオミニスに目を見張るも、セバスチャンは分かっていた調子で返答をする。そんな二人の様子にもマーティナは動揺していた。自分だけが蚊帳の外のようだ。


「俺は先に行っているよ、邪魔者にはなりたくないからな」


 オミニスはそう言って先に大広間に向かってしまう。引き留めようとしてももう遅くて、オミニスは早々と階段を昇って行ってしまった。それを呆然と見送っていると、ふとひそひそと噂を立てる談話室の生徒たちに気づいて、マーティナは居心地の悪さを覚える。そんなマーティナに気づいたのか、セバスチャンは「それじゃあ、僕たちも行こう」と柔らかく微笑みながら言ってくる。

 自然とマーティナの腰に腕を回して引き寄せる。それに動揺している暇もなく、マーティナはセバスチャンにエスコートされながら階段を上って談話室を後にする。背後で寮の扉が消えた後もセバスチャンは変わらず身体を密着させて歩き続ける。すれ違う生徒たちにじろじろ見られてもセバスチャンはまったく気にしなくて、マーティナは思わず顔を俯かせた。


「拒絶しないのか?」
「え、えっと……」


 すると、ふいにそんな言葉が頭の上から降って来て、マーティナは顔を上げた。セバスチャンはじっとこちらを見下ろしていて、その眼差しに耐え切れずにマーティナはまた顔を俯かせる。


「否定しないなら、僕は学校中に触れ回るけど?」


 そう言ったセバスチャンは、今度はにやりと笑っていて、なんだか満足そうに笑っている。そんなセバスチャンにマーティナは眉根を下げながら見上げた。


「ど、どうして……そんなことするの……?」
「人気者の君が、僕のものだって牽制したいからさ」


 はっきりと答えられ、マーティナはぽっと顔を赤く染める。わなわなと震えて魚みたいに口をぱくぱくとさせる今の姿は酷く滑稽だろう。そしてマーティナは耐え切れずに両手で顔を覆って下を向いた。


「干上がっちゃいそう……」
「はは! それは困るな」


 大声で笑ったセバスチャンは満足げで、ぎゅっと揶揄うみたいにさらに腰を引き寄せられて、マーティナがそれはもう真っ赤に顔を染めたことは言うまでもない。






×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -