体温


 監督生の浴室に忍び込んで以降、二人はたびたび夜中に抜け出しては監督生の浴室に向かった。そうして一時を人魚の姿で過ごせる転入生との時間を、セバスチャンは一緒に過ごした。その小さな秘密の一時をセバスチャンはひっそりと楽しみにしていた。誰にも邪魔されない、二人だけの特別な時間。それは優越感を満たすのには十分だった。

 今日も夜中に浴室へ忍び込んでは、人魚の姿で泳ぎ遊ぶ転入生を眺める。綺麗な姿で優雅に泳ぐ姿は幻想的で、とても美しい。そしてそんなものに触れて見たくなるのは、必然と言えるだろう。


「どうしたの?」


 その声に引っ張られて視線を向けると、いつの間にか転入生は自分の近くにいた。そうして考え込むセバスチャンの顔を覗き込んで、首を傾げる。


「なに? 悩み事でもあるの?」
「ん、まあな」


 転入生の言葉に、セバスチャンは頷く。そんなセバスチャンに、転入生は、悩みなら聞くよ、と声を掛けた。それにセバスチャンはじっと転入生を見やって、ぽつりと口を零す。


「どうしたら今の君に触れられるのか考えてた」


 その言葉に転入生は目を丸くした。

 確かに今の転入生の姿では、人の体温で火傷をしてしまう。けれど転入生はそれほど重大な事とは考えていなかった。確かに焼けるような痛みはあるが、だからと言って気を付けなければいけないとは思っていなかったのだ。だから転入生はそっと腕を上げてセバスチャンに手を差し出した。


「触れるよ、ほら」


 そう言って、そのまま床についたセバスチャンの手に触れようとする。けれど触れる前に、セバスチャンがひょいっと手を遠ざけてしまった。


「おっと、それはダメだ」
「どうして?」
「火傷するんだろ? 僕は君が傷つくのは嫌なんだ」


 そう言って自分を気遣うセバスチャンの言葉に、転入生はむず痒くなって唇を引いた。そうでもしないと頬が緩んでしまいそうだったのだ。


「痛くないよ」


 少しだけ嘘をついて、転入生はセバスチャンを見上げながら言う。


「痛くなくても、火傷はするんだろ」


 そんな転入生に、セバスチャンは事実を返した。それは紛れもない真実で、それを言われてしまえば何も言い返せない。けれど転入生はなぜか意地になって、反論を続けた。


「本当に痛くないの。心地いい熱なんだよ。本当だよ」


 転入生はそう言って、またセバスチャンの顔を覗き込んだ。


「わかってるよ」


 そうやって自分に何度も平気だ、と言う転入生がなんだか可愛く思えて、セバスチャンはフッと笑った。そのまま転入生の濡れた髪に手を伸ばして、するりと指に絡めてはそっと名残惜しそうに手を引く。


「でも、少しでも君が火傷してるって思うと、僕が嫌なんだ。だから分かってくれよ」
「……うん」


 そこまで言われてしまえば、引き下がるしかない。転入生は少し頬が熱くなるのを感じて、水面に顔の半分まで沈めて顔を隠した。そうして熱を持った頬がひんやりと冷めていくのを感じてから、転入生は水から上がった。

 それを見てセバスチャンが「もう上がるのか?」と聞く。それに頷けば、わかった、と言って少し離れた場所に移動してからこちらに背中を向けた。そのうちに転入生はゆっくりと人魚の姿から人間の姿に戻って、教えてもらった呪文で濡れた身体を乾かしてから制服に腕を通した。

 もういいよ、と声を掛ければ、セバスチャンがこちらを向く。そうしてキチンと身支度ができたのを確認してから、行くか、と声を掛けて浴室を出ようとする。


「ねえ、セバスチャン」


 部屋を出る前にセバスチャンに声を掛ける。そうして振り向くセバスチャンの手にそっと触れて、自分よりも温かい体温に転入生は触れた。


「ちゃんと触れるね」


 温かくて気持ちいいね。そう嬉しそうに呟く転入生に、セバスチャンはそっと顔を反らして口元を手で覆った。






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