人魚


 湖を見たら自然と足が向いた。

 風が吹いたら大きな湖は波打って、海みたいだった。そしたら自然と私はローブを脱いで、靴を脱ぎ始めた。視線は広大な湖を見つめて、服を投げ捨てるように脱ぎ去って、そのまま水の中に飛び込んだ。

 そしたら水飛沫が人知れず跳ねて、一つの人影が見ずそこへと消えて行った。





   * * *





 ぱしゃ、と水が跳ねる音が聞こえた。その音にセバスチャンはそっと視線をホグワーツにある湖に向けた。ホグワーツの湖にはマーピープルや他の生き物が多く住み着いている。だからなにかが湖のそこにいて、それが水飛沫を跳ねさせたとしても何らおかしいことはない。だがセバスチャンはじっと湖の方を見つめた。

 正確に言えば、湖の近くにある茂みを見つめていた。よく見て見れると同じ寮の制服が乱雑に脱ぎ捨てられている。それを見て、セバスチャンは道から外れてその茂みに足を向けた。

 近くに来てみると脱ぎ捨てられていたのが女性ものの制服だと気づいた。もっと言えば、制服と一緒に杖も捨てられていた。

 誰かが海水浴でもしているのか、と考えていると、またぱしゃっと水が跳ねる音が聞こえた。それに顔を上げて湖に視線を向けてみると、大きな魚の尾ひれが一瞬だけ見えた。セバスチャンは、何がいるんだ、と警戒しながら湖をじっと見つめる。すると水に潜り込んだその影が大きくなって、海面に姿を現した。

 ばしゃ、と大きく水飛沫を立てて現れたそれを見て、セバスチャンは大きく目を見開く。


「転入生……?」
「――!」


 姿を現したのは、紛れもなく転入生だった。

 振り向いた転入生はひどく驚いた様子を見せて、目を見開いてこちらを見つめてくる。それはセバスチャンも同じで、セバスチャンはゆっくりと状況を確認するように視線を下ろした。

 海に潜っている転入生の姿は、人ではなかった。肌の色は薄暗い色に変わって、耳の形が人のそれとは違って、指には水かきがあった。そしてなにより、水面から覗かせる下半身は魚の尾ひれだった。

 ――人魚(マーピープル)だ。


「その姿……」
「――っ!」
「あっ、おい!」


 セバスチャンが驚きのあまり声を掛けると、転入生ははっとして逃げるように水飛沫を跳ねさせながら水の中へ潜り込んでしまった。それを慌てて止めようとするが、その声は届かず、転入生は水の底に隠れてしまう。

 唖然としたセバスチャンはそこに立ち尽くした。このまま立ち去る考えはなかったし、自分と同じように転入生を見つける人間がいるかもしれない。だからセバスチャンはしばらく立ち尽くしたあと、再び転入生が顔を出すのを待った。

 茂みに座り込んで、静かな湖をじっと眺めて待つ。すると、しばらく経つとそっと転入生が覗き見るように水面から顔を覗かせた。その瞬間を見ていたセバスチャンは、すぐに転入生と視線が合う。


「あ」


 出て来た、と口を零す。

 すると転入生はまた驚いて水の中に潜ろうとする。それをセバスチャン立ち上がっては陸地から大声で呼び止めた。


「待て、逃げるなって! 僕は何もしない!」


 両手を上げて転入生に投げかける。

 少し離れた場所に行ってしまった転入生は、顔を半分水面から出した状態でこちらをじっと覗き見る。


「その、さっきは驚いただけだ。悪い」


 まだ警戒しているのであろう転入生を安心させるように、セバスチャンはそう続ける。

 それを聞いた転入生は目を丸くして首を横に振った。それを見て、セバスチャンはほっと安心しながら、転入生を呼んだ。


「君と話がしたいんだけど」


 そう言うと、転入生は視線を彷徨わせたのち、ゆっくりと水面を這うようにこちらに近づいてきた。そうして近くまで来ると首元まで水面に出して、ちゃんとこちらに向き合ってくれた。けれどその表情は何処か不安そうで、セバスチャンはそれに気づきながらいつものように会話を進める。


「寒くないか?」
「大丈夫……この姿だから」
「そうか」


 そう言って、転入生は自分の肩を抱いた。よく見れば肌には魚の鱗があって、水面から時々覗かせる尾ひれと同じ不思議な色を放っていた。


「聞きたいことはあるけど、今は止めておくよ。それより早く教室に戻ろうぜ」


 セバスチャンはそう言いながらホグワーツを指さした。休み時間中とはいえ、そろそろ戻らないと授業に間に合わない。そう言うと、不安そうな表情をしていた転入生はほっと安心した表情を見せて、笑いかけるセバスチャンにそっと笑い返した。

 ほら、と呼ぶセバスチャンに頷いて、転入生は陸地に近づいた。そのままぐっと身体を陸地に乗り上げて、その姿を晒す。下半身が尾ひれの姿の転入生はおとぎ話に出てくる人魚のように美して、ついその鱗に見惚れてしまう。そうしていると、徐々に陸に上がった転入生の姿が変わって行くのに気づいた。

 陸に乗り上げた尾ひれの下半身は徐々に人間の足の形になっていて、一本だったそれが二つに割れる。そして肌の色は血色の良い色に戻って、耳の形も水かきも消えていく。それを見て、セバスチャンはぎょっとした。


「は、ちょ、待っ!」


 急いで転入生とは反対の方向に振り向いた。

 当然だ。彼女の制服は此処に脱ぎ捨てられていて、人間の姿に戻った彼女は裸だったのだから。


「お前、僕が居るのを忘れているのか!?」
「あ、ごめん! つい……」


 顔を真っ赤にさせながら言えば、転入生もはっとして急いで謝る。そして急いで制服に手を伸ばした転入生を背後に、セバスチャンは深呼吸をするように深いため息を落とした。

 布が擦れる音を居た堪れない気持ちで聞きながら待っていると、後ろから転入生が、いいよ、と言ってくる。それにセバスチャンはもう一度小さく深呼吸をして身長に振り向いた。

 すると、髪も肌も濡れたまま制服を着た転入生がそこに立っていた。それにまたセバスチャンは呆れたため息を落とす。


「濡れたままじゃないか。仕方が無いな」


 懐から杖を取り出して、呪文を唱える。すると杖の先から風が吹き出して、一瞬で転入生の濡れた肌や髪を乾かした。それを自分の髪を触って確認した転入生が、にこりと嬉しそうに笑う。


「ありがとう、セバスチャン」


 その表情にはさっきのような不安そうな様子は無く、見慣れたいつもの転入生がそこに居て、セバスチャンはそっと口元を緩めた。


「ほら、さっさと行こうぜ。授業に遅れる」


 うん、と頷いた転入生に拾った杖を返して、二人は城に向かって走り出した。背後で風が吹て、湖が波打った音を耳にしながら。


   * * *


 授業を受けた後、セバスチャンは転入生から話を聞いた。転入生はあまり人に聞かれたくないようで、そっと声を潜めて話したのを、セバスチャンは聞き逃さないように耳を傾けた。
「へぇ、マーピープルと人間のハーフねぇ……」
「うん」
「それなら納得だな」
 さっきの光景を思い出して、セバスチャンは頷く。
 マーピープルと人間の親を持つならば、あのように美しい人魚の姿をすることが出来たとしてもおかしくはない。だた魔法族とあまり関係が良好ではマーピープルを親に持つのは、特例中の特例だろうが。
 納得しあっさりと受け入れるセバスチャンに、転入生は言いにくそうに聞く。
「変なふうに思わないの?」
 そう聞いた転入生はまた不安そうな表情をしていて、それにセバスチャンはフッと笑いながら真っ直ぐ口にした。
「どうしてだよ、綺麗だったぜ」
 すると転入生は目を白黒とさせて、次第に恥ずかしそうにほんのりと頬を赤く染めた。その姿が珍しくて、セバスチャンはそっと笑みを深める。
「他に知ってるやつはいるのか?」
「ううん。あ、学校側は知ってると思うけど」
「ふぅん。なら僕はその貴重な秘密を偶然にも知れたわけだな」
 そう言うと、転入生はふふっと笑った。その様子に、もう大丈夫だな、と確信して、セバスチャンは周りを気にしながらそっと転入生に言葉を続ける。
「なにか身体に問題とか無いのか?」
「定期的に水に触れてないと干からびちゃうことかな」
「なるほどな。だから泳いでたのか?」
「うん。広くて良いなって思って」
 確かにホグワーツの湖は広い。泳ぐにはもってこいだろう。とは言っても、いろいろな生物が生息する湖に飛び込む度胸があるのが転入生くらいだと思うが。
「でもあんまりしない方が良いぜ。一応湖に入るのは禁止だからな」
「あ、そうなんだ……」
 それを聞くと、転入生は残念そうに肩を落とす。その姿にセバスチャンは思わず笑った。
「ま、バレなきゃいいんだよ」
 そう、バレなければいい。校則なんてそんなもんだ。そう言うと転入生も笑いながら「ふふ、そうだね」と頷いた。
「でも行くときは僕に言えよ。一応、何があるか分からないからな」
「うん。ありがとう、セバスチャン」
 お人好しで誰からも好かれる転入生。そんな転入生の秘密を知れたことに優越感を覚えながら、セバスチャンはそんなことを口にした。それに気づいているのは、もちろんセバスチャン本人だけだろう。






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