溺水


 以前セバスチャンを必要の部屋に連れて来てから、時々二人は必要の部屋に訪れるようになった。基本的にはスリザリンの談話室に居たり、地下聖堂に向かったり、夜中に忍んで監督生の浴室に居座ったりしているため此処に来ることはほとんどないが、マーティナが課題やらなんやらで忙しい時は必要の部屋にこもることが増えた。

 そうして今回もセバスチャンはマーティナが先生たちに言い渡された課題をせっせとこなしているのを時々手助けしてやっていた。そして少し休憩をしよう、と言ったところで、セバスチャンがふと思ったのだ。


「思ったんだが、此処が必要の部屋って言うなら、君が望めば大きい水槽も作れるんじゃないか?」





* * *





 まさに盲点だった、と言うべきか、マーティナはセバスチャンにそう言われるまで全く気付きもしなかった。そして気づかされたなら後は早い。早速頭の中に泳げるくらいの水場を思い浮かべれば、部屋は途端にゴゴゴ……と地響きを鳴らして動き出した。すると階段の先に広間があった場所の一部が湖のような場所に変わった。

 それを見た二人は呆然と視線を合わせる。しかしそれもほんと一時だけで、すぐさまマーティナは子供のようなきらきらした笑顔を浮かべて湖に駆け寄って行った。そしてそのままいつものように水辺にダイブして、人魚の姿に戻った。

 それを半分呆れ笑いながら見つめ、セバスチャンは杖で水に浮かんだマーティナの制服を回収し、乾かしてからそっと畳む。それから水辺の近くにしゃがみ込んで、突如部屋にできた湖らしきものを観察し始めた。

 その時、大変満足といった様子の上機嫌なマーティナが水から顔を出してセバスチャンを手招きした。


「セバスチャンも一緒に泳ごうよ!」


 いつも―無断で―貸してもらっている監督生の浴室は広いが、一応浴室であるため泳げるわけではない。しかしこの深さなら人間の姿でも泳ぐことが出来る。だからマーティナは子供が遊び相手を求めるようにセバスチャンを誘った。しかしセバスチャンはそれを困ったように嗤いながら首を振った。


「いや、僕は遠慮しておくよ。見てるだけでいい」
「どうして? 濡れるの嫌? 泳げない?」
「そういうわけじゃないけど……」


 真っ直ぐな、それこそ子供みたいな無邪気で純粋無垢な眼差しを向けられてセバスチャンはどうしてか言い淀んでしまう。毎回思うが、なんだか人魚の姿をしたマーティナは普段より子供っぽく見えるのはどうしてだろう。そのせいでなんだか庇護欲が湧いて来てなんでも頷きたくなってしまうが、セバスチャンは咳払いをして首を横に振った。


「僕はもう水遊びをするような歳じゃないんだよ」
「むう……」


 まるで自分は大人だとでも言うような台詞にマーティナはムッと唇を尖らせる。しかし次の瞬間には良いことを閃いて、マーティナはにっこりと口角を上げた。そうして尾ひれを動かしてセバスチャンの近くまで行く。


「そうだ。ねえ、セバスチャン」
「ん? なんだ?」


 そんなマーティナを少し怪訝に思いながらもセバスチャンは素直にマーティナに応えた。そうしてしゃがみ込んでいるセバスチャンの近くまで来ると、マーティナガシっと両手でセバスチャンの腕を掴む。そしてセバスチャンがぎょっとしたのと同時にマーティナは力いっぱいに腕を引っ張り、無理やりセバスチャンを水の中に招き入れた。


「―ッ


 ばしゃんッ、と音を立てて水飛沫が飛び散る。そのまま水の中に落ちたセバスチャンは思っていたよりも深かったそこで目を開けた。すると目の前に不思議な光を放つ鱗が反射して、ゆらゆらと尾ひれが通り過ぎた。視界が悪い中その尾ひれを目で追えば、人魚の姿をしたマーティナが躍るような仕草で水の中を泳いでいた。その光景はほっと息が零れるほど幻想的で、美しいものだった。いつもは地上からマーティナを見ることしか出来なかったが、水中の中にいる彼女は、何よりも美しく綺麗だったのだ。


「―っは! ごほっ!」


 見惚れている間に息が詰まる感覚がして、ぶくぶくと空気の入った泡を咲き出しながらセバスチャンは急いで上に上がる。そうして肺に酸素を送り込んで、止まっていた呼吸を繰り返す。

 さっきまで自分がしゃがみ込んでいた場所まで行って手を付き、しばらく咳き込みながら呼吸をしていれば徐々に息は整っていく。そうしてそろりと後ろを振り返ってみれば、目のところまで自ら覗かせていたマーティナがじっとこちらを見つめていた。それに目が合うとマーティナはそっと自ら顔を上げて、悪戯っぽく笑うのだ。


「ふふ!」
「マーティナ……君なあ……!」


 ぷるぷると拳と肩を震わせながら声を荒げる。するとマーティナは楽しそうに笑いながらまた泳ぎ始める。それを眺めながら、セバスチャンは口元に笑みを浮かべながらため息を吐いた。

 ある伝説では、人魚は悪戯好きで、水辺にいる人間を水に引きずり込むと言うが―もしかしたらそれは本当なのかもしれない。







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