第五話

 二度も天竺の集会に小兎姫が来たせいか、天竺の下っ端には小兎姫はオレのヨメだという認識が広まっていた。加えてイザナや他のメンバーにも小兎姫を認識されて、いつの間にか集会に小兎姫が来ることは容認されるほどにまで至った。しかもなぜか小兎姫はあいつらに気に入られている。灰谷はたびたび小兎姫にちょっかいを出すし、望月も鶴蝶もなにかと小兎姫のことを気に掛けているみたいだし、イザナに関してはそこまで興味を示しているわけではないが「獅音の女にしてはまともだな」とか言うし、まあとにかく小兎姫がオレの女という認識が広まっていた。

 オレはそれでも嬉しいし、他の男どもを牽制出来て良いが、小兎姫からしたらやっぱり気まずいのか、ヨメやら女やら言われるたびに苦笑をしていた。その反応にオレは何度か落ち込んだが、一度そのことを聞いてみれば「気にしてないよ」と微笑まれて、オレはまた期待を膨らませた。

 そうして小兎姫も天竺のメンバーに慣れて来てそれなりに仲がよくなってきた頃、オレは嫉妬に苛まれ始めた。なんだか灰谷たちは女だからのせいか小兎姫にわりと優しいし、望月も鶴蝶もイザナもなんだかんだで小兎姫のことを気に入ってるみたいだし、なんか小兎姫のことを取られた気がした。いや、そもそもオレのものではないけど、やっぱり会わせたくなかったな、と思わざるを得なかった。


「な、なあ……最近あいつらと仲良くね?」
「そうかな?」


 もしかしたら小兎姫があいつらの内の誰かに振り向いてしまうかもしれない。そんな不安を抱えながら小兎姫に耳打ちすれば、小兎姫は不思議そうな顔で首を傾げた。


「おう……なんか、距離近ぇし……?」
「そんなつもりはないけど……でも、斑目くんの大好きな人たちに会えたのは嬉しいかな」


 いつも楽しそうに話していたから、と続ける小兎姫に、オレは目を丸くする。小兎姫はオレが楽しいことや好きなことを覚えててくれて、それを知りたいと思ってくれているのが嬉しい。そしたら嫉妬なんて忘れて、ただただくすぐったい気持ちでいっぱいになった。

 その時、向こうからイザナに呼ばれた。天竺のことで話があるのか、イザナの方に行こうとすれば入れ替わりで帰って来た灰谷が「ヨメちゃんのことは任せろよ」と言って来て、オレは「マジでやめろ!」と止めた。でもオレが居ない間はあいつらと居たほうが安全なのも分かっていて、小兎姫のところまで行って手を振って見送ってくる灰谷たちを気にしながら、オレはイザナのところへ急いだ。





   * * *





 何度もこちらを振り向きながら黒川さんのところへ向かう斑目くんを見送る。その何度も振り向いてちょっとずつ前に進む姿が可愛くて思わずふふっと笑みを零してしまう。そうして斑目くんの姿が見えなくなったところで降っていた手を下ろすと、隣に座った蘭さんがなんの脈柄も無く問いかけてきた。


「小兎姫ちゃんは獅音のどこが好きなの?」
「えっ!?」


 突然の問いかけに思わず肩を揺らして目を見張る。そんな私を蘭さんは楽しそうに笑いながら詰め寄ってくる。


「え〜、だってどう見たって両想いじゃん」
「逆に付き合ってないのが不思議なんだけど」


 止め寄って来る蘭さんから逃げようとしても、隣に座っている竜胆さんのせいで逃げられず、二人から詰め寄られた私は肩を小さくする。そうして図星を付かれたことに顔を真っ赤に染めると、蘭さんはにこりと笑って「なになに、相談なら乗ってあげるよ?」とこくりと首を傾げながら顔を覗き込んでくる。

 その顔をじっと見て、私は再度俯く。膝の上でもじもじと指を合わせながら言葉を探して、淡々と口を開く。


「その……今更どうすればいいのか、わからなくて……」
「普通に好きって言えばいいんじゃねぇの?」


 獅音センパイはもう好きって言ってんでしょ、と竜胆さんが言う。それに曖昧に頷けば、二人は続きを促すようにじっとこちらを覗き込んで来て、私は俯きながら淡々と語りだした。

 まず、出会いは数年前のこと。その時からお互い仲良くしていて、今みたいな関係だったこと。そしてある日斑目くんが好きだと伝えてくれたこと。でも私は、斑目くんのことが好きだったけど、受け入れるのが怖くてその告白を断ってしまったこと。そうして数年後の今、再会した時に再度告白されて、今に至ること。それを順番に話していけば、二人はうんうんと頷きながら聞いてくれて、なるほどね、と続けた。


「それで、小兎姫ちゃんはどうしたいの?」


 そう聞かれて、私は言葉に詰まった。斑目くんのことは好きだ。彼と同じ気持ちだと思う。でも今の現状に満足している。恋人に成りたくないわけじゃない。私自身がその立場に立つのが怖かったのだ。だから現状で満足してしまっている。でも、勇気を出して告白をしてくれた斑目くんにそれは叶わない。いつかは答えを出さないといけない。そしてそれに、私はいま迷っている。


「獅音は獅音なりに歩み寄ってるみたいだし、なら次は小兎姫ちゃんなんじゃないの?」
「そう……ですよね……」


 蘭さんの言う通りだと思う。ずっと昔から斑目くんは不器用なりに寄り添ってくれた。そして彼が望まない答えを出した後でも、斑目くんは勇気を出してもう一度寄り添ってくれた。だから今度は、私の番なのだ。


「あ、センパイお疲れ様でーす」


 ふと顔を上げた竜胆さんが発した言葉にはっとして顔を上げる。すると向こうの方から斑目くんが急いで走ってくるのが見えた。目の前まで来ると斑目くんが蘭さんと竜胆さんを交代に睨みつけた。


「お前ら、こいつになんもしてねぇだろうな!?」
「してねぇっすよ、ひど」
「俺らは親切に相談乗ってあげただけだもんな〜」


 な、と蘭さんはこちらを見てくる。それに戸惑いながら頷けば、斑目くんは疑うような目で蘭さんを見る。じとりと見る目はまるで信じていない。


「ま、取り敢えずそろそろヨメちゃん送ってあげれば?」
「あ、ああ」


 そんな斑目くんをフッと笑った蘭さんは、腰を上げるとそう言って斑目くんの肩を叩いて行ってしまった。その後を追うように竜胆さんも行ってしまって、この場に二人で残される。残された私たちは行ってしまう二人の背中を眺めた後、ふいにお互いの顔を見やった。そのタイミングが重なって視線が交わるとなんだかくすぐったい気持ちになって、二人して逸らしてしまった。でも気まずくなる前に斑目くんが「あー……行くか」と声を掛けてくれて、私は「うん」と頷いて腰を上げる。そのままバッグを持って斑目くんの隣まで行けば、いつものように歩幅を合わせて歩き出してくれる。

 こういうところが好きだな、と改めて思う。そうしてさっき蘭さんたちと話したことを思い出しながら、私はバッグをきゅっと握った。





   * * *





 オレの後をいつものように付いてくる小兎姫の様子がなんだかおかしい。なんか妙にそわそわしていると言うか、とにかくいつもと違う。そのせいかいつもより話も盛り上がらなくて、オレは首を傾げた。

 なにかしただろうか……いや、イザナのところに行くまではいつもと同じだったし、やっぱり灰谷たちに何かされたりしたんじゃねぇか? そう思えば思うほど灰谷たちが疑わしく思えて、いったい何があったのか気になりだしたら止まらなくて、小兎姫に聞いた。


「なあ、灰谷となに話してたんだよ」
「えっ! えっと……」


 聞けばあからさまに小兎姫は動揺した。きょろきょろと視線を彷徨わせる仕草なんてもうそれで、その様子にオレはムッと唇を尖らせる。するとちらりとオレのことを盗み見るように見上げた小兎姫が、もじもじと手を合わせて指を握ったり離したりしながら、視線を下にして口を開いた。


「あの……斑目くんって、どうして私のことが好きなの……?」
「……はっ!?」


 まさかそんなことを聞かれるとは思わなくて今度はオレが動揺する。よく見れば聞いてきた小兎姫の頬は赤く染まっていて、それを見た瞬間オレも顔を赤くしてしまう。そうして何でそんなことを聞いて来るのか分からないまま、上目遣いに見上げてくる小兎姫の眼差しに責められて、オレは応えざるを得なかった。


「ま、まあ、その……か、可愛い、し……オレの話聞いてくれるし……一緒に居て楽しいし……」


 ぱっと思いついたものを順番にあげていく。いや、思いつかないわけじゃない。もちろん小兎姫の好きなところはいっぱいある。でも突然本人に聞かれれば頭が真っ白になるし、くさいけど小兎姫の全文が好きだから、突然そんなこと言われても困るのだ。


「な、なんで……?」


 とりあえず小兎姫の要望通り応えたオレは、今度はオレの番だと言うように聞き返した。すると小兎姫は顔を赤く染めたまま顔を俯かせて、小さな声でぽつぽつと語りだす。


「わ、たしも……斑目くんと話すの好きだし、一緒に居て凄く楽しいし……かっこいいと、思ってる……」
「……え」


 突然小兎姫が語りだした内容にオレは呆然とする。目を丸くして硬直していれば、徐々に言葉の理解に追い付いて身体が熱くなる。それは言い出した小兎姫本人も同じで、オレたちは住宅街で立ち止まって顔を真っ赤に染めていた。


「それって、つまり……」


 ごくり、期待に生唾を飲み込む。すると小兎姫は不安そうに視線を落として続ける。


「でも、その……怖くて……」
「怖え……って?」
「……斑目くんが他の人に目移りしちゃうの」


 その時、自分がいったい何を言われたのか理解ができなかった。そうして呆然とするオレに気づかないまま小兎姫は「私、斑目くんを振り向かせられる自信なんてないし……」とぼそぼそと続ける。それはいつまでも続いて、我慢できなくなったオレは俯いた小兎姫と視線を合わせるようにガッと小兎姫の両肩を掴んでぐっと力を入れる。そうして顔を覗き込みながら真っ直ぐ小兎姫を見つめる。


「オレは! ずっとお前のこと好きだったし、目移りするつもりもねぇんだけど……」


 最初は威勢が良かったものの、掴んだ肩があまりにも弱々しくて、目を見開く小兎姫の身体が思った以上に小さくて、どんどん異性を失くしていく。でも真っ直ぐ見つめる視線だけはそのままに、オレは小兎姫に訴えた。

 しばらくそうして向き合っていると、なんだか居心地が悪くなって掴んでいた肩をそっと離した。結構ガッと掴んでしまったし、痛かったかもしれないと思って「わりぃ……」と口を零す。それに小兎姫は首を振ってくれたが、またオレたちの間に沈黙が流れた。でもそれを最初に破ったのは小兎姫の方だった。


「……本当?」
「おう」
「手に入れたら飽きちゃう、とかない?」
「ンなのねぇし」


 不安そうに何度も聞く小兎姫に、オレははっきりと答えてやる。そうすれば小兎姫は


「……そう」とどこか安心そうに呟いて、また顔を俯かせた。でも今度は落ち込んで顔を俯かせたんじゃない。そんなのどう見ても分かり切っていた。
「……なあ。つまり……そういうこと、だよな……それ」


 期待に心臓が鼓動を打つ。身体の熱も上がって、なんだか変な汗まで滲んでくる。

 じっと見下ろす小兎姫の顔は俯いていても分かるくらい顔が赤くて、ちらりと見上げてくる眼差しは少しうるんでいた。そうして答えを促すように強く小兎姫を見つめれば、小兎姫はきゅっと目を瞑る。


「……本当は、昔からずっと好き」


 それはずっと前から聞きたかった言葉で、ようやく聞けた言葉だった。それを聞いた瞬間、さらに顔が赤くなるのを自覚して、嬉しさのあまり情けない顔をしてしまいそうになる。それを隠すようにオレは腕で口角が緩む口元を隠して、そっと言い返した。


「……オレも好き」

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