第四話

 学校帰りに一人で帰路についていた時、ふいに背後から声を掛けられた。


「あれ? 獅音センパイのヨメじゃね?」
「あ、ホントじゃん」


 振り向くと、以前に赤い特攻服を追って辿り着いた場所にいた、斑目くんとは色違いの黒い特攻服を着た二人がいた。その二人はあの日にじっと私を見てきた二人で、私はびくりと肩を揺らして目を見張った。斑目くんから近づくなと言われているしすぐにでも立ち去りたい気持ちだったが、斑目くんがいない今ここで二人の機嫌を損ねてしまうのが怖くて、私はきゅっとバッグを握りしめながら立ち尽くすしかできなかった。


「一人? 獅音のやついねーの?」
「センパイってこういう女が好みなんだ、もっと派手なのイメージしてたわ」


 三つ編みをした背の高い人がニコリと笑いながら顔を覗き込んでくる。それに驚いて後退れば面白そうにその人が笑う。一方で眼鏡をかけた人は私のことを頭のてっぺんから爪先まで見て来て、なんだか居心地が悪かった。


「んで? 獅音はいねーの?」
「えっと……今日は集会あるって聞いて……」
「あー、なるほど」


 すると三つ編みの人は納得したように頷いた。

 これで用は済んだし解放してくれるだだろう。そう思っていると、なにを思ったのか二人は目を見合わせてニヤリ笑い、また私の方を見てきた。それに嫌な予感を巡らせていると、どうやら的中してしまったらしく、二人は私を挟むように左右に立って肩や腰に腕を回して逃げ場を失くした。


「んじゃ、ヨメちゃんも一緒に行こうぜ」
「えっ!? あ、いや……」
「センパイもいるしいいじゃん、行こ行こ」


 そのまま二人は歩き出して、私は引き摺られるように足を動かした。斑目くんに近づくなと再三言われているし怖いから今にも逃げ出したいけど、回された男の人の腕がそれを許してはくれなくて、私は怯えた表情で一生懸命足を動かし続けた。





   * * *





 集会の場所に行ったら、まだ灰谷たちが来ていなかった。あいつらが遅れるのは今に始まったことじゃねぇし、なにもおかしなことはない。それにイザナもまだ呼んでこないから、時間には余裕がある。

 今日は集会だから小兎姫には会っていない。会いたい気持ちはあるけど、今日は集会だから仕方がない。だから代わりにメールでも送ろうと携帯を取り出すと、向こうから部下が灰谷に挨拶をする声が聞こえた。それで、ああ来たんだな、と理解して一度携帯を仕舞ってからそっちの方に振り向いた。


「あ? 灰谷おせぇ……って、は!?」


 振り向くと、こちらに向かってにやにや笑いながら手を振る灰谷と、それに挟まれる身体を小さくした小兎姫がいた。その状況が理解できずにぎょっと目を見張る。


「なっ、テメっ、なにしてんだよ!!」


 肩や腰に腕を回している灰谷、加えて明らかに怖がっている小兎姫を見て、オレは急いで二人から小兎姫を引き剥がした。そうして以前のように背中に小兎姫を隠して灰谷を睨みつける。


「えー、せっかくヨメ見かけたから連れて来てやったのに」
「そうっすよ、なんで連れてこねぇんすか」
「お前らみたいのがいるところに誰が連れてくるかよ!!」


 ぶーぶー文句を言う灰谷にオレは心の底から叫んだ。こんな危ないところに誰が好き好んで女を連れてくるもんか。頭湧いてんじゃねぇのか。そんなことを言っても灰谷たちには無駄で、今はとにかく小兎姫を安全な場所に連れて行きたくて、オレは後ろでにやにやする二人を無視して小兎姫を人があまりいない端の方へ連れて行った。


「ごめん、その……逃げられなくて……」
「あー、まあしゃーねぇよ。悪かったな、マジで」
「うん」


 申し訳なさそうにする小兎姫にオレはそう言う。小兎姫一人が灰谷から逃げるのはそりゃ無理だろう。だから攻めようとも思えないし、やっぱりこの前みたいに会えたのが嬉しかった。


「送ってやりてぇけど、もう集会始まるし……ちょっと此処で待てるか?」
「いいよ、一人で帰れるし」
「いや、この辺治安わりぃから……ちょっとで終わるから待ってろよ」
「……うん、分かった」


 すぐにでもこの場所から連れ出したいが、あいにくもうイザナとの約束の時間だ。流石に小兎姫を送ってしまったら間に合わないし、だからと言って一人で帰すわけにもいかない。すると小兎姫は一人で帰ると言ったが、それを押し切って少しだけ此処で待ってもらうことにした。

 オレの隣に立って小兎姫はこっそりと辺りを見渡す。そうして赤い特攻服の集団を見ては肩をすくませて、居心地が悪そうに身体を小さく丸めた。そんな不安そうな顔をする小兎姫に、オレは安心させるように笑いながら声を掛ける。


「大丈夫だって。オレのそばに居れば周りも手ぇ出してこねぇよ」
「そうなの?」
「まあオレも幹部だし、そばに居ればヨメって思われるだろうから、手ぇ出す馬鹿なんてそうそういねぇよ」


 下の連中だってその辺はわきまえてる。だからオレのそばに居れば安全だ、と安心させようとする。そしたら小兎姫がぽつりと「よめ……」と呟いた。そこではっとして、慌てて小兎姫に首を振る。


「あっ、いや! ヨメってのは、その……」


 しまった、と正直に思った。チャンスはもらえているがオレは一度フラれているし、いきなり仲間にオレのヨメ扱いされれば小兎姫だって嫌がるかもしれない。だから慌てて否定しようとしたが、隣の小兎姫がほんのりと頬を赤く染めて俯いていたから、オレは思わず期待に固唾を飲んでしまう。


「い、嫌……だったか?」
「だ、大丈夫……」
「あ……そ、そっか」


 耳まで赤くなっている気がする。一言で言って、ヤバイ、と思った。

 居心地が悪くなって、お互いにそっぽを向く。オレはにやける口元や赤く染まっている顔を隠すように口元を手で覆い隠す。こんな姿を見せる訳にはいかない。でも、小兎姫の様子は気になる。でも小恥ずかしさで小兎姫に視線を向けることは出来なくて、オレたちはしばらく無言のままそっぽを向き合っていた。

 そんなオレらを天竺の幹部である灰谷兄弟や望月が遠くから眺めていたのを、オレは知らない。








「……なにあれ、ちょー初々しいんだけど」
「すげーむず痒くなってくる」
「お前らはちょっかい出さずに放っておけよ……」


 いったいどんな反応をするのかと獅音の様子を窺う灰谷兄弟。そんな二人を咎める望月は呆れた様子で灰谷を見ていた。でもやっぱり望月の視線の先にも獅音たちはいた。

 少年院で出会った彼らは、獅音が以前に失恋を経験していることを知っていた。そういう話をしたとき、獅音は「いねぇよ、そんなやつ」と言っていたが、その声音からただ強がっていることは誰もが承知していた。そして案外一途に過去のその女を追っているのもなんとなく気づいていた。そんな獅音がある日突然、ある女子生徒に熱を上げた。その獅音の様子から、彼らは獅音が昔失恋した相手だと納得した。だから灰谷は興味を引いて、今回彼女を此処へ連れてきたのだ。

 じっと様子を窺う望月はなんだか生暖かい目で見ているし、竜胆はあまりの初々しさに居心地を悪くしている。そんな中、蘭は二人を眺めながらフッと笑った。


「にしてもあいつ、幸せそうだな〜」


 そこには好きな女と幸せそうに話す獅音がいて、その様子に誰もが毒気を抜かれていた。

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